―失われたもの―
「……そんな」
直面した現実に、ルーフは声をわななかせた。
彼がファーブのいた場所に到着すると、そこにはファーブの姿は無く、崩れた土塊のようなものが散らばっているだけだ。
ただ、それは竜の形に見えなくもない。
「やっぱりか……」
ザンは沈痛な面持ちで呟いた。
「やっぱり!?
やっぱりって、どういうことなんですか!?
ファーブさんは、どうなっちゃったんですか!?」
ルーフの問いに、ザンは暫く黙り込んだ。
「ザンさん!?」
だが必死なルーフの形相を見かねたのか、ザンは思い切ったように口を開く。
「……たぶんファーブは、もう自分が助からないことを知っていたんだ。
だから残された力を、全部お前に渡したんだ……と思う」
「そんな……」
ザンの言葉受けて、ルーフの表情は愕然としたものになった。
やがてそれは涙に濡れていく。
「僕がもっと早く、ファーブさんの身体のことに気付いていれば、助けられたかもしれないのに……」
「……自分を責めるなよ。
ファーブが選択したことなんだ。
きっともう、どうしようもなかったんだよ。
だからお前が、気にする必要はない……。
それに……ファーブの心臓は、お前の中で生きているんだろ?
私と母様の魂が1つなのと同じだ。
そう思えば寂しくないさ。
だから泣くな」
身体を小刻みに震わせて泣いているルーフの肩を、ザンは優しく抱いた。
だが、そんな彼女自身とて、その身体は僅かに震えており、目には涙が浮かんでいだ。
彼女がファーブを失った悲しみは、やはり抑えることができるほど小さくはないのだ。
それから2人は暫しの間、寄り添いながら無言で泣いていたが──、
「……?」
ザンはふと何かに気付いて、うつむき加減の顔を上げた。
「……ファーブの気配だ……」
「え!?」
ザンはファーブの気配がする方角に、視線を向けた。
つられてルーフもそちらへ目を向ける。
それはファーブの石化した身体がある方向とは、まるで違っている。
何故そちらからファーブの気配が感じられるのか、それは皆目見当がつかなかったが、2人は居ても立ってもいられなくなった。
「行ってみよう!」
ザンとルーフは、大きな不安と小さな希望を胸に抱いて、全速力で駆け出した。
そしてファーブの気配がする場所に辿り着いてみると、そこには焼け焦げた竜の腕があった。
「ファーブの……手だ」
ザンは覚えていなかったが、彼女がティアマットによって異空間へ封じ込まれる直前に、それを助けようとしたファーブがティアマットによって切断された腕であった。
「まさかまだ生きて……」
2人が茫然とその腕に見入っていると、やがてその腕の全面に亀裂が入る。
「あ、ああ……割れちゃう……」
一瞬、ギョッとしたザンとルーフであったが、彼女達はこれに似た光景を見たことがあるのを思いだしていた。
これはタイタロスでファーブが、目玉から元の竜の姿に戻った時に似ている。
そして、割れ始めたその腕の中からは案の定、小さな猫程の大きさの竜の姿が現れた。
「ファーブ……こっちに分身を作っていたんだ」
ザンは大喜びでファーブを抱え上げた。
「良かったなーっ!
ルーフ、ファーブの奴、生きていたぞ!」
「はい!」
ザンは嬉しさのあまり、子供をあやすようにファーブの身体を頭上高く掲げる。
するとファーブは脅えた猫のように、ミュウミュウと鳴いた。
「……ファーブ?」
違和感を覚えたザンは、ファーブの顔をじっと見つめた。
だが、ファーブはザンの視線の意味が分からないのか、どことなくキョトンとしている。
まるでザンのことが、全く分かっていないかのようだった。




