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―帰 還―

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 ルーフは静かに空を見つめていた。

 その背後に控えるシグルーンやフラウヒルデ、そしてクロやカンヘルをはじめとする生き残った多くの竜族達もまた、ルーフと同じように空を眺めていた。

 

 その視線の先にあるのは、ザンとティアマットが消えていった空間の(うず)があった場所だ。

 渦は既に消えていた。

 いや、それは見た目だけで、実は未だに穴が存在していることがルーフには感じられた。

 おそらくティアマットは空間を歪めたのではなく、空間を破壊していったのだ。

 この空間の穴は、もう二度と消えることはないのかもしれない。

 

 しかしだからこそ、空間を操る能力を有するラーソエルの力を借りずとも、ザンはこの世界に(かえ)ってくることができるはずだ。

 だが、ザンが空間の渦の中に消えてから既に、30分以上の時が経過していた。

 さすがに皆の顔に不安の色が浮かぶ。

 誰もがこのまま還ってこないのではないか──そんな危惧を抱かずにはいられなかった。

 

 それでもルーフには、ザンが必ず還ってくるという確信がある。

 彼のザンを呼ぶ声は、間違いなく届いているはずだ。

 だから彼の顔には、決して不安の色が浮かぶことはなかった。

 

「…………!!」

 

 やがてルーフの顔に、喜色が浮かぶ。

 空間が小さく揺れ、そこからわずかに銀髪が現れた。

 続いて元気そうなザンの顔を始め、彼女の全身が浮き上がってくる。

 

「ザンさんっ!」

 

「……ただいま」

 

 笑顔で目の前に降りてきたザンを見て、ルーフの目が涙で(うる)んだ。

 それと同時に、背後で竜族達の歓声が上がる。

 彼女の顔を見れば、勝敗の行方は言われずとも知れた。

 

「おかえりなさい!」

 

 ルーフは喜びのあまり、ザンの手をとって両手で強く握りしめた。

 その瞬間──、

 

「リザンちゃーんっ!! 

 よく無事で還ってきたわねーっ!!」

 

 シグルーンがタックルといわんばかりの勢いで、ザンに抱きついてきた。

 当然、彼女とザンの間にいたルーフは挟まれることとなり、その拍子に──、

 

「むぐ……っ!?」

 

 ザンとルーフの唇が重なる。

 2人は一瞬の間硬直していたが、すぐに顔を真っ赤にして大慌てで身体を離す。

 

「おっ、おっ、叔母様っ! 

 今のわざとでしょうっ!?」

 

「え~、何のことかしらぁ?」

 

 ザンの抗議を受け、シグルーンは含みのある笑みを浮かべてすっとぼけた。

 

「事故よ、事故。

 まあ、いいじゃない。

 物語のハッピーエンドにはつきものだし」

 

(……間違いなくわざとだ)

 

 ザンはグッタリと疲れた表情で項垂(うなだ)れる。

 

 実際のところ、ただの偶然で15㎝近い身長差のあるザンとルーフの唇が重なることはまず有り得ない。

 おそらくシグルーンは、進展の遅い2人の関係を見かねて、余計なお世話を焼いたのだろう。

 

 そんなシグルーンの後ろでは母の所業に呆れたのか、フラウヒルデが頭痛をこらえるかのように額に手を当てている。

 ただ、顔は苦笑気味だ。

 

(なんで口惜(くや)しいのだろうな……。

 でも、まあ良いか……)

 

 顔を真っ赤に染めて照れつつも、何処となく嬉しそうなルーフの顔を見て、フラウヒルデは爽やかな笑みを浮かべた。

 

「……っと、こうしている場合じゃない。

 ルーフ、ファーブの居場所は分かるか? 

 早く安否を確かめたい!」

 

「あ、はい。

 こっちです」

 

 ザンに(うなが)されたルーフは空に飛び上がり、猛スピードで飛んでいった。

 すぐさまザンも後を追う。

 

「あわただしいことだ……。

 まあ、我らものんびりはしておれんがな」

 

 カンヘルはそう苦笑気味に呟いて、群れに帰還の指示を出した。

 竜王が没した今となっては、彼ら竜族には新たなる体制の確立など、問題は山積みなのだ。

 彼らはこれから沢山の事柄に、忙殺されるはずだ。

 

「リザンちゃんに、挨拶していかないの?」

 

 そんなシグルーンの問いにカンヘルは、微笑みつつ言った。

 

「ティアマットが討たれた。

 それを見届けただけで充分だよ。

 それに我等の話は、あの娘にとって(わずら)わしかろう。

 新たなる竜王になってほしい……とかな」

 

「確かに……」

 

 シグルーンはぎこちなく(うなづ)いた。

 確かに今のザンには、新たな竜王となれるだけの資格はあるだろう。

 だがそれは、本人の望むものではないはずだ。

 

「我々が勝利しただけでも望外の喜びよ。

 これ以上は何も求めぬことが、あの娘にとっての褒美となろう。

 あとはあの娘の顔から、笑顔が消えさえしなければ、世界は当分安泰に違いない」

 

「同感ね」

 

 今度はシグルーンも力強く頷く。

 そんな彼女の前では、カンヘルが背の翼を拡げて空に飛び上がる。

 

「この様な危機的状況でもなければ、再び相まみえることも無かろうが……さらばだ。

 リザンにはよろしく言っておいてくれ。

 それとそなたの姉には、感謝している。

 200年前のそなたの姉の決断が、世界を救ったのだ」

 

「…………!!」

 

 シグルーンは無言で頭を下げ、そして次々と飛び立っていく竜の群れをいつまでも見送っていた。

 その目には微かに涙が浮かぶ。

 やがて、竜の群れが全て空の彼方に消え去った頃──、

 

「母上、城の様子を見にいきましょう。

 避難民達にも、戦いの終結を告げなくては……」

 

 フラウヒルデの言葉を受けて、しんみりとしていたシグルーンの表情に明るさが戻る。

 今は感傷に(ひた)っている場合ではない。

 これからやらなくてはならないことは沢山ある。

 

「そうね、じゃあみんなの所へ帰りましょう。

 クロ、城までお願いね」

 

「あ、クロ殿、途中でアイゼ達も拾っていってください」

 

『了解しました』

 

 シグルーンとフラウヒルデを背に乗せて、クロは空高く舞い上がった。

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