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―暗黒回帰―

 一切の光無き闇の中を、彼女は沈んでゆく。

 深く深く、どこまでも、底の無い闇を沈んでゆく。

 

 ティアマットは空間の壁を掘り進んでいた。

 己の生命の全てを触媒として術を発動している為、その掘り進む勢いは深い海へと沈んでゆくが如く滑らかで、かつ速い。

 通常では何年もかかるであろう道程(どうてい)を、彼女はわずかな時間で進んでいた。

 

 彼女の生命はあと少しで尽きようとしていたが、術の効力はその死後も暫くの間は残留するように設定してある。

 だからその身体(からだ)は、惰性で暫くの間はこの暗い空間を沈んでいくことになるだろう。

 

 しかしそれも、いつかは止まる。 

 それでも目的の地まで、少しでも近付くことができればそれでいい。

 彼女が仕える神、「神々の黄昏の邪神」が眠る魔界の地へ近付くことができるのならば、それだけで十分だ。

 

 ティアマットが掘り進んだ空間の道は、簡単に閉じはしないだろう。

 この道はやがて復活した神々の黄昏の邪神が、元の世界へ還る時には大いに役に立つはずだ。

 そしてあわよくば、邪神がこの道を通過する際に、彼女のことを再び拾い上げてくれることがあるかもしれない。

 

 あるいはここを通るのが、別の何者かでも構わない。

 人間界に侵攻を企てている魔界の悪魔達がこの道を見つけた時、もしかしたらティアマットの存在に気付き、彼女の魂を未だこの朽ちかけた身体に封じ込めている斬竜剣を引き抜いてくれることだってあるかもしれない。

 そうすればその悪魔に憑依することによって、彼女は再び復活できる可能性はある。

 

 決して勝算の高い賭けではないが、それに賭けなければ、最早ティアマットには後がなかった。

 

(…………)

 

 ティアマットは既に殆どの意識を──そして生命そのものを失いつつあった。

 そんな朧気な意識の中で、彼女は声を聞いたような気がした。

 

《我が使徒よ――》

 

(ああ……)

 

 無明であるはずの空間の中で、ティアマットは確かに光を見た。

 

(また……私を救ってくださるのか……)

 

 彼女にはもう、救いの御手(みて)を握りしめる(てのひら)は無いが、その代わりとばかりに歓喜に満ちた声を、光に向けて最後の力で絞り出す。

 

「――リア様」

 

 聞き取れぬほど(かす)かなかすれ声を上げたその瞬間、光の奔流がティアマットを飲み込んだ。

 

「や……やったのか……?」

 

 王神剣を振り下ろした姿勢のまま、ザンは荒い息とともに、誰に言うでもなく疑問を投げかける。

 当然、何処からも答は返ってこなかった。

 

 ただ、ティアマットの姿と気配は、もうこの暗黒の空間の何処にも見いだすことはできなかった。

 しかしそれは、必ずしも彼女が消滅したことの証明にはならない。

 あるいはただ感知できないだけ──という可能性も否定できなかった。

 

(……一瞬、邪竜王以外の気配を感じたような気もしたけど……)

 

 ザンは(いぶか)しげに表情を曇らせたが、今はもう自分以外の何者の気配も感じとることはできない。

 だが──、

 

「あ……!」

 

 ザンは闇の中に、ティアマットを封印していたはずの斬竜剣が、虚空に漂っているのを発見した。

 ティアマットはこの封印から、抜け出すことができたのだろうか。

 それとも今し方の彼女の攻撃で、完全に消滅してしまったのだろうか。

 しかしそれを判断する材料を、ザンは得ることができなかった。

 

 ならば戦いに1つの区切りがついたと、判断するしかないのだろう。

 はもうやれることは全部やったのだ。

 これ以上はもう望みようがなかった。

 

「…………みんなの所へ(かえ)るか……」

 

 ザンは斬竜剣を拾い上げ、そして身を(ひるがえ)して元来た道を引き返していく。

 この闇一色に包まれた空間の中では、方向感覚は全く働かなかったが、彼女には自身を呼ぶ声がハッキリと聞こえる。

 それを辿っていけば、決して道に迷うことはないだろう。

 

 ザンは一直線に、自身の還るべき場所を目指して進んでいった。

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