―発射準備完了―
今回はちょっと短めです。
ザンは剣を持たない左手を正面にかざし、結界に魔力を込める。
すると今までは肉眼で視認することができなかった結界の姿が、朧げながらも実体化し始めた。
かなりの魔力量が凝縮されている証拠である。
結界はザンを中心にして球形に展開しており、息攻撃が来ると思われる正面部分は、かなりはっきりと実体化していた。
(さて……これで奴のブレスを凌ぎきれるかどうか……。
いや、絶対に凌ぎ切る!
父様から受け継いだこの能力が、あいつに劣るはずがないっ!!)
闘志を高めるザンの前では、ヴリトラの身体が内部から輝き始めた。
体内に取り込んだ大量の大気と、周囲の空間から吸収したあらゆる熱――つまりは炎の精霊の力を融合・反応させて生み出した莫大な熱エネルギーが、肉体の外にまで溢れ出しているのだ。
そんなヴリトラの輝きが頂点に達したその時、彼は腹這いになるかのように両手を地面に着けた。
おそらくこれから行う攻撃の反動で自らが吹き飛ばされぬように、2本の腕と4本の脚で地面にその巨体を固定しようとしているのだろう。
その姿はまるで、巨大な大砲の砲身のようだった。
しかもヴリトラから漏れ出るエネルギーの量は、更に増大する。
そのあまりにも巨大な力の波動は、周囲の大地を小刻みに振動させ、地鳴りを引き起こしてさえいた。
最早それは、一個の生物が発したとは思えないほど、圧倒的なエネルギー量であった。
ザンはそれを肌身に感じて、慄然とする。
しかしそこにあるのは、ヴリトラに対する畏怖の念だけではなかった。
(こ、こんな化け物を、父様は一方的に遁走させたっていうのか……!)
ザンは笑う。
ヴリトラの力が巨大であればあるほど、彼女にとっては致死の脅威となる。
だがそれは同時に、そのヴリトラを退けた父がいかに偉大な戦士だったのか──それを実感する為の材料となった。
それが彼女には嬉しいのだ。
(……父様、10分の1でもいいから、その偉大な力を貸してくれ!)
ザンが改めて闘志を高めたその瞬間、ただでさえ巨大なヴリトラの口腔が大きく開かれた。
それは顎の関節を完全に無視しており、獲物を呑み込もうとしている大蛇を彷彿とさせるものがあった。
そしてその口腔からは、やや青みがかった白色の光が漏れ出してくる。
すると周囲の大気が陽炎のように揺らぎ始めた。
驚くべきことに、つい先程までは氷点下であったはずの大気が、一瞬にして沸騰したのだ。
事実、ザンは自らの顔を濡らす冷や汗が、乾いていくのを感じた。
おそらく結界の外は、瞬く間に全身を焼くほどの高温になっていることだろう。
結界が熱を完全に遮断できていないことを悟った彼女は、更に魔力を送って結界を強化する。
『クックック……。
そろそろゆくぞ小娘……』
「ああ……いつでもいいよ……」
ザンは緊張した面持ちで答える。
ヴリトラが攻撃を開始すれば、彼女はいつ死んでもおかしくはなかった。
勿論、彼女には死ぬつもりなど、毛頭無かったが。
暫し両者は身じろぎもせずに、お互いの動きを注視していた。
特にザンはヴリトラのいかなる行動にも即対応できるように、細心の注意を払っていた。
だが、それが仇となる。
「うっ!?」
ヴリトラの口腔から漏れ出す光が、激しく瞬いた。
無論、この光自体は攻撃力を伴わない。
しかしこの閃光によって軽く網膜を焼かれたザンには、それだけでも十分すぎるほどの不利が生じた。
唐突に視力を奪われて、ザンの身体からわずかに力が抜けたのだ。
そんな彼女目掛けて──、
ゴオオォォォォォォォ――ッ!!!!
ヴリトラの口腔から吐き出された炎が襲いかかる。
いや、最早それは炎と呼べる代物ではない。
一直線に伸びる白い光線だ。
光線は大気を切り裂く勢いで、ザンの結界にぶち当たった。
それと同時に周囲は超高熱の光に包まれ、そこに存在する建築物は勿論のこと、地面や大気に至るまで、殆ど全ての存在を瞬時に蒸発させる。
そんな結界の壁1枚を隔てて地獄に直面しているザンの身体は、激しい嵐に翻弄されるが如く揺さぶられた。




