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―邪竜大母神の敗北―

 無事に退院したので、連載再開です。

 酷く呼吸を乱したザンの顔は、大量の汗で濡れていた。

 かつてないほど巨大な力を、(みずか)らの身体から放出したばかりだ。

 疲労は極限に達しているだろう。

 だが、それでも彼女は未だ、戦闘態勢を解こうとはしていなかった。

 

「ザ……ザンさん」

 

 ルーフが震える声で、ザンに呼び掛ける。

 その視線は彼女を見ておらず、その背後に(そそ)がれていた。

 そこに浮かぶ人影に――。

 

 いや、それは最早人影とは言えない。

 何故ならば、その人物の鎖骨から下の身体は、完全に失われていたのだから。

 つまり殆ど頭部しか、残っていなかったのである。

 

「お……おのれぇ……」

 

 既に声帯に空気を送る為の肺を失っているのにも関わらず、ティアマットは苦しげに、しかし強い怨嗟(えんさ)のこもった呻き声を上げた。

 自らの意志で、声帯の細胞を震動させているようだ。

 

「……しぶといな。

 あの爆発の中から転移して逃げたか……」

 

 ザンは静かにティアマットへと、肩越しに視線を送る。

 

「だが、もう逃げられはしないぞ。

 短距離瞬間移動(ショートテレポート)程度では、私の斬撃の間合いからは逃げられない。

 かといって、長距離を跳べるだけの転移魔法を使わせる暇は与えない!」

 

「く……!」

 

 ティアマットとザンの立場は、数日前とは完全に逆転していた。

 あのタイタロスでの戦いの時は、ザン達の方が逃走さえも困難な立場であったが、今はティアマットの方こそがその立場にいる。

 確かに現状で彼女が逃走を試みても、逃げ切れる可能性は皆無だろう。

 ならば、彼女には逃走以外の別の手段が必要である。

 

「おのれえぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 ティアマットは牙を剥き、ザンへと襲いかかった。

 たとえ頭部だけになろうとも、人の喉笛を咬み千切るぐらいの力はまだある。

 しかし、今度は全身で素早く振り向いたザンが、ティアマットの額に斬竜剣を突き入れた。

 

「あが……がが……っ!!」

 

 ティアマットは苦悶する。

 間違いなく脳にまで達する攻撃を受けつつも即死しないとは、凄まじいまでの生命力であった。

 しかも彼女は苦しみつつも、微かに笑みを浮かべたのだ。

 だが――、

 

「言っておくが……、私や他の誰かに乗り移るつもりなら無駄だぞ。

 この剣があんたの魂を、その身体に縫い止めているからな」

 

「!?」

 

 ザンが冷淡に言い放った言葉を受けて、ティアマットの表情が強張(こわば)った。

 確かに彼女はティアマットの額に剣を突き立てたまま、それを引き抜こうとはしなかった。

 斬竜剣に封印の術式を施していたからだ。

 

「竜王が教えてくれた封印術だ。

 もうあんたがこの封印から、自力で逃れる(すべ)は無い。

 

 それに、200年前のように、呪いを使うのもやめておいた方がいいぞ。

 あんたと私達アースガル一族が持つ神の因子は、かなり近い……。

 もしかしたら、あんたが昔取り込んだ人間は、アースガルの祖先だったのかもしれないな。

 それに私達はあんたの血族であるファーブの血も有しているし、おそらく私達に効くような呪いは、あんた自身にも効くはずだ。

 その殆ど朽ちかけた身体はともかく、次の身体にまで呪いがかかったら、あんたはもう復活できない」

 

「……!!」

 

 ザンの死刑宣告にも等しい言葉を受けて、ティアマットはギリリと口惜しげに奥歯を食い縛る。

 

「それにな、父様は竜王の心臓と融合していた。

 つまり分身みたいなものだ。

 だからあんたの呪いは、竜王にも影響を与えていたはずだ。

 なのに竜王は死ななかった……。

 

 何故だか分かるか? 

 そうさ、竜王はあんたの呪いを、無効化できる術を知っていたんだ。

 200年前は唐突だったから、自分の身を守るだけで精一杯だったけれど、今度はもう被害を出させない! 

 どう足掻いても、あんたはもう終わりなんだよ!」

 

「…………っ!!」

 

 ティアマットはまるで、竜王と対峙しているかのような感覚を覚えていた。

 しかも今目の前にいるのは、竜王は竜王でも衰弱しきった晩年の彼ではなく、全盛期の竜王である。

 あの神々の黄昏の邪神に対抗する為に生み出された、神殺しの能力を持つ最強の神獣であった頃の竜王ペンドラゴンそのものであった。

 今の彼女には、とても対抗できる相手ではない。

 

「さあ、覚悟はいいか? 

 今度はもう復活できないように、魂ごとあんたを斬る!」

 

 ザンは王神剣を構えて言い放った。

 ティアマットは暫し茫然としていたが、唐突に哄笑を上げ始める。

 

「あはっ、あははははははははははっ!! 

 いいだろう。

 今回は私の完敗であることを認めよう。

 最早私にはそなたを倒す術も、この世界に逃げ場もない。

 ならば──」

 

「!?」

 

 ティアマットの周囲の空間が歪む。

 

「私はこの世界から消えるとしよう」

 

「くっ!」

 

 ティアマットは空中に出現した漆黒の(うず)に、呑み込まれていく。

 ザンは慌ててティアマット目掛けて衝撃波を放つが、空間が渦巻いて不安定になっているのか、衝撃波は渦に飲み込まれて霧散するばかりであった。

 そうこうしている間に、ティアマットの姿は完全に渦の中に消えた。

 

(直接斬らないと駄目かっ!)

 

 ザンは空間の渦に向かって飛ぶ。

 あのティアマットの身体の状態では、その命は遠からず尽きるであろう。

 しかも逃走した先が異空間では、憑依する相手がおらず、再び復活してくる可能性も低い。

 

 だが、その可能性が皆無な訳でもない。

 ここでティアマットを逃せば、将来に大きな禍根を残すことになりかねなかった。

 だからザンはティアマットを追う。

 

「ザンさんっ!!」

 

 ルーフが彼女を引き留めるように叫んだ。

 あの空間の渦に飛び込んでしまえば、再びこの世界に戻ってこられる保証は何一つ無かった。

 

「……っ!」


 ルーフの声を受けて、ザンは一瞬立ち止まったが、

 

「悪い、あとでもう1回呼んでくれ。

 さっきもルーフの呼び声はハッキリ聞こえていたから……今度もそれを頼りにして帰ってくるさ」

 

 彼女は振り返って笑顔で応える。

 ルーフへの確固たる信頼を込めた笑顔であった。

 

「……はいっ! 

 絶対また会いましょう!」

 

 そんなルーフの答えを背に受けつつ、ザンは迷い無く空間の渦の中へと飛び込んだ。

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