―独りじゃない―
「あははははは、空間干渉による攻撃だけは、そなたにもどうすることもできまい。
今度は骨を砕くなどという、生ぬるいことはせぬ。
全身を粉々に吹き飛ばし、残った塵を異空間へ封じてくれようぞ!」
ティアマットは再びザン目掛けて、両腕を突き出した。
しかも狙いは先程のように、腕1本だけではない。
四肢・胴・頭と全身の要所全てである。
「逝け!」
そんな彼女の叫びと共に衝撃がザンへと襲いかかり、同時に発生した轟音にかき消されたかの如く、彼女の姿は見えなくなった。
「あはははははっ!
脆い、脆いわっ!
わざわざ異界より戻って来たというのに、もう終わりか。
これならば、少しは手加減してやればよかったかのぉ?
あははははははははははははははっ!!」
ティアマットは最大の邪魔者を排除して狂喜したのか、甲高い哄笑を上げる。
それはいつまでも続くかのように見えたが、彼女は唐突にその笑いをおさめる。
「…………?」
訝るティアマットの眉間に、皺が刻まれる。
どういう訳かザンの気配が、いつまでも薄らいでいかなかったからだ。
いかに巨大な力を持った者でも、既に存在しない者の気配がいつまでも残留していられるはずがない。
それにも関わらず、彼女の気配は先程と変わらず、むしろ一層濃くなってさえいる。
(まさか……転移魔法で逃げたような気配は、無かったはずじゃが……)
ティアマットは、先程ザンが消えた場所へと視線を戻した。
そこには未だに何者の姿も無い。
いや――、
「!?」
何もなかったはずの空間から、ザンの姿が浮かびあがった。
彼女の身体に確認できる傷らしい傷は、先程吹き飛ばされた左手のみで──否、それさえも既に再生されている。
彼女はほぼ無傷であった。
「馬鹿なっ!?」
ティアマットは驚愕する。
本来は絶対に回避不可能なはずの攻撃が全く効果を現さず、そしてそれがどのような手段による結果なのか、すぐには分からなかったからだ。
だが冷静になってみれば、ザンがどのような手段を用いてティアマットの攻撃を回避したのか、彼女は推測するまでもなく知ることができた。
何故ならば彼女にも、空間の干渉による攻撃を防ぐ手段は、たった1つしか知らなかったからだ。
「そなたも……空間に干渉して……?」
「……その通りだ。
今ほんの少しの間、私の周りの空間をこの世界から切り離した」
だからティアマットの攻撃はザンに届かなかったし、一時的に視認することもできなったのである。
この世界に存在しないのであれば、どのような攻撃も届くはずがない。
「馬鹿な……何故そなたが空間を操れる……!?」
「私は1人で戦っているんじゃない……」
「何……?」
ティアマットは怪訝な顔となる。
彼女の質問と、ザンの答えがかみ合わなかったからだ。
ザンは殆ど再生の終わった左手の機能を確かめるように、拳を2~3度閉じたり開いたりしている。
それが終わると強く拳を握りしめながら、その拳に寂しげな視線を向けた。
「この再生力は、ファーブから貰った物だ。
これがなければ、私はまだ身動きすら取れなかったかもしれない……」
そう呟きながらザンは、右手の王神剣をティアマットへ向けた。
「今あんたを斬り裂いたこの剣には、父様の魂が宿っている。
父様が私に力を貸してくれるから、私は今まで以上の力を発揮できる。
……そして、あんたの空間攻撃を防げたのは、竜王から引き継いだ知識のおかげだ」
「竜王だと……?」
ティアマットの顔が険しくなる。
「……今この生命があるのは、母様や沢山の人達が私を生かそうとしてくれたからだ。
私1人だけなら、200年前のあんたの呪いでとっくに死んでいた。
私は1人じゃなかったからこそ今を生き、そしてあんたと戦えるだけの能力を得ることができたんだ。
だからこそ、みんなの為にも負けられない!
特に独りで戦っているあんたには、絶対に!」
「ほざきおる……そなたが竜王の能力を受け継いだだと?
なるほど、そなたは後継者に選ばれた訳か。
だが、いかに弱者の力を寄せ集めて食い下がろうとも、我が力の前には無力であることを思い知らせてくれよう。
それに私とて、1人で戦っている訳ではないわっ!」
凄まじいまでの魔力がティアマットに集中していく。
ザンはとっさに、ティアマット目掛けて斬撃を放とうとするが──、
ゴオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォーっ!!
それよりも速く、ティアマットの5つの口腔がザン目掛けて息を吐き出した。
2000にものぼる竜族を、一瞬にして壊滅させたあの息である。
しかも、熱線、雷光、水流、腐食性毒霧、重力波の5つの息がザン1人目掛けて集約され、恐るべき威力を発揮している。
「ぐううっ……!!」
ザンは辛うじて結界で防御することに成功したが、それだけで精一杯だった。
少しでも気を抜けば、一瞬にして結界は破られ、その瞬間にザンの命運は尽きる。
このままでは攻撃に転じることは、できそうになかった。
その隙にティアマットは、息攻撃を継続しつつも呪文詠唱を開始する。
しかも、ただの呪文ではない。
「おお……昏き大宙の底に眠りし、星の欠片よ。
永劫の虚無に沈みし世界の骸よ。
星司取りし王の使徒の名において命ずる。
汝、紅き衣を纏いて、天より零れよ!」
ティアマットが邪神から与えられた最強最大の攻撃呪文、「隕石召喚」である。
「あはははははははははっ!!
いかにそなたでも、これをまともに受けてはひとたまりもあるまい。
くっくっく……なんなら空間を隔離するなりして、逃げても構わんぞ?
そのかわりこの空間に戻ってきた時には、見渡す限りの世界が焦土となり、そなたの知り合いは誰1人いなくなっているであろうがなぁ……」
「……!!」
ザンの顔に、焦りとも怒りともつかない表情が浮かんだ。
そう、彼女1人だけならば、隕石召喚の破壊から逃れる術はある。
だがそれでは、他の者は誰1人生き残れないだろう。
そんな結果では意味が無いのだ。
ティアマットはそんなザンの弱みに、つけ込んだのである。




