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―最後の戦い―

 足下にはまるで絨毯(じゅうたん)のように、(あか)い炎が広がっていた。

 ガスが完全に燃焼されつつあるのか、その炎の勢いは急速に弱まって来てはいるが、それでも人間ならば近寄るだけでも死を免れないであろう高熱を発している。

 

 だがその炎の絨毯の上で、2人の女が悠然と対峙していた。

 彼女らは銀と金の対照的な頭髪を持ち、その上、人と竜という全く異なった容貌をしていたが、その本質はお互いに近い存在であった。

 しかし精神的な面においては、決して相容れられない2人でもあった。

 

 ――(すなわ)ち宿敵。

 

「……また邪魔者か……」

 

 ティアマットは(にが)り切った表情で呻いた。

 彼女の優位はこの戦いが始まって以来、少しも揺らいではいなかった。

 それだけ彼女の能力は絶大なのだ。

 しかしそんな彼女がいかに敵を追いつめようとも、彼らはその度に息を吹き返し、彼女に肉薄してくる。

 

 勿論、それが脅威だと彼女は感じてはいなかったが、今ここに至ってその優位は間違いなく揺らぎ始めた。

 

 この日、2度目の対峙――。

 本来は決して有り得ぬ状況であった。

 有り得ぬことが起こった今、今後何が起こるのかはティアマットにも知り得ぬ。

 だが、彼女の絶対的優位が、最早期待できなくなったことだけは確かだ。

 

 ティアマットの前に立ちはだかる銀髪の女――その手には、かつての彼女を(ほうむ)った(いま)まわしき大剣が握られていた。

 しかもその女は脱出不可能であるはずの次元封印を打ち破り、この世界に舞い戻ってきたのである。

 どのような手段を用いたのかは定かではないが、それを可能とした能力は決して(あなど)れない。

 いや、今と対峙しているだけでも、その巨大な能力の一端が否応(いやおう)なしに感じられた。

 

(……強い!)

 

 銀髪の女は間違いなく今、ティアマットの脅威となり得る存在へと、その身を昇華させていた。

 しかもかつての彼女に勝利した斬竜王ベーオルフに匹敵するかもしれないほどの、巨大な脅威にである。

 それに何故こうも短時間にこれほどまでに能力を飛躍させることができたのか、それが分からないのも不気味ではあった。

 

「だが……」

 

 だがティアマットもまた、昔のままではない。

 今ならばベーオルフと真っ向から戦っても、互角以上に渡り合える自信がある。

 いや、邪神から授かった「隕石召喚(メテオ)」の術を用いれば、いかなる敵も(ちり)に等しく一蹴できよう。

 

「無駄な足掻きじゃ。

 どのようにして異空間から抜けてきたのかは知らぬが、また元の空間へと送ってくれようぞ。

 もっとも、今度は完全な死体にしてからな……」

 

「やってみろ。

 無理だろうけどな……」

 

 ザンは静かにそう答えた。

 そこに強がりはない。

 また、挑発でもない。

 ただ厳然とした事実を、口にしただけのような調子であった。

 

「ほざくな、小娘がっ!」

 

 ティアマットの5つの首が、ザン目掛けて殺到していく。

 その鞭のように唸りをあげて振られた巨大な頭部を、(つち)のように叩きつけるつもりなのだろうか。

 もしその攻撃の直撃を受ければ、人間の身体ならば原形も残らないだろう。

 

 しかもこの攻撃は、口に並んだ鋭い牙での攻撃や、至近距離からの(ブレス)攻撃へと変化する可能性もあり、それらを見極めて的確に対処しなければ即命取りとなる。

 だが5つの首の同時攻撃の全てを、完全に見切ることは非常に難しい。

 

 しかしザンは、微動だにしようとはしなかった。

 いや、ティアマットの攻撃が彼女に直撃しようとした瞬間、その姿はかき消えた。

 速すぎてそのようにしか見えなかった。

 

「なっ!?」

 

 ティアマットの5つ首の内の3本までもが、胴体から切り離された。

 ザンはティアマットの攻撃を回避するのと同時に、神速の斬撃を叩き込んだのである。

 しかも、以前はティアマットの皮膚を傷つけることすら困難だったのに、今し方の攻撃によって、ティアマットの首には鏡面(きょうめん)のように滑らかな断面が生じていた。

 その動きといい、斬撃の切れ味といい、以前とは比べものにならないほどの成長である。

 

「言っただろ……。

 私を死体にするなんて、やっぱりあんたには無理だ」

 

 今度はザンがティアマット目掛けて飛んだ。

 そしてティアマットの頭上越し──そのすれ違いざまに王神剣を一閃させる。

 

「……っ!!」

 

 ティアマットは殆ど反応できぬまま、ザンの攻撃を受けた。

 彼女の巨体は背骨にそってバックリと傷口が開き、大量の血飛沫を上げながら大きくよろめいた。

 

「……っ、小賢しいわっ!!」

 

 それでもティアマットは空中であるにも関わらず、踏みとどまるかのように体勢を立て直した。

 しかも背中の傷もすぐに塞がり、切断された首さえも既に新しく生えてきている。

 ダメージはさほど大きくはないのだろう。

 

 そんなティアマットの中央の頭部に――正確には人間の上半身の姿を留めた部位に、凄まじい魔力が集中していく。

 彼女の両手が高速で術式の印を結び、ものの数秒で攻撃準備を整えた。

 

「これならば避けられまい?」

 

 ドン、という破裂音にも似た音が(とどろ)く。

 

「クッ……!」

 

 ティアマットがザン目掛けて両手を突き出した瞬間、唐突にザンの左腕が吹き飛んだ。

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