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―死の風―

「クロっ! 

 この空域より緊急離脱!! 

 座標は適当でいいから、ゴホっす、すぐに転移しろっ!!」

 

『ハ、ハッ!!』

 

 咳の混じったシグルーンの怒号を受けて、クロはすぐさま行動に移った。

 クロはティアマットから1kmほど離れた空へと転移する。

 そんな彼の背では、シグルーンとフラウヒルデが、激しく咳き込んでいた。

 

『だ、大丈夫ですか、御館様っ!?』

 

「く……ちょっとマズイわね。

 あいつ、風に毒を流した……ケホっ。

 結構肺に入っちゃったわ。

 解毒しないと戦いにはなりそうにな……ケホっ!」

 

 そんなシグルーンの顔色は、明らかに悪かった。

 フラウヒルデに至っては、小刻みに身体を痙攣させてさえいる。

 

 毒の中には砂の粒よりも小さな粒子を体内に取り入れただけでも、命に関わるほど強力な物も存在する。

 ましてや毒ガスの類ならば、広範囲で広がった毒ガスに巻き込まれた生物が、そこから無事に逃れることは非常に困難である。

 最悪の場合、一呼吸で即死することも有り得る。

 逃げようとする暇すら無いだろう。

 

 しかも仮に毒の存在にいち早く気付き、それを吸わずにガスの中から脱出できたとしても、毒ガスの汚染範囲から抜け出すまでの数秒から数分の間、全身にガスを浴びることは避けられない。

 ガス故に粒子の細かい毒の成分は、少なからず皮膚にも浸透してしまう。

 それが致死量になることは有り得ない話ではないし、そうでなくても毒の中毒症状が深刻な後遺症を身体に残すことは決して珍しいことではなかった。

 

 そしてシグルーン達は毒ガスを全身で浴び、そして吸い込みもした。

 それはほんの一瞬のことだったが、毒を放ったのはあのティアマットだ。

 即死するほどではないようだが、かなり毒素の強い物であることは間違いない。

 

 ここはいち早く解毒の魔法を用いて、毒素を分解しなければ命取りとなる。

 が、シグルーンには魔力がもう殆ど残ってはおらず、解毒の術を使うだけの余力が無い。

 かといってフラウヒルデは元より、竜であり数多の魔術の奥義を修めたクロでさえも解毒の術は使えなかった。

 

 いや、竜だからこそ解毒の術は必要なかった。

 何故ならば金属でさえも分解・吸収できる竜の消化器官は、毒もまた容易に分解できるからである。

 

 また、自らの牙などに毒を有する者もあり、竜という種は元々毒に対して絶対と言っても過言ではない程の耐性を有している。

 実際にこの毒の攻撃で致命的な痛手を負った竜は、最下位の力の弱い者を除いては殆ど存在しないはずだ。

 

(じゃあ何? 

 あいつは私達(人間)だけを狙って毒を放ったっていうの!?)

 

 シグルーンの顔が強張(こわば)った。

 果たしてティアマットは、毒の耐性が低い人間を葬る為だけに竜巻を引き起こし、そこに毒を乗せる──そのような回りくどい策を講じて意表を突かなければならないほど、彼女はシグルーン達のことを脅威と感じていたのだろうか。

 

 いや、おそらくそれは無い。

 未だにこの戦いの場で最も優位に立っているのは、ティアマットなのだから。

 

 だとすればこの回りくどい攻撃には、何か別の意図があるのではないか。

 何故只の毒ガスなのか。

 金属をも腐蝕させるような強酸を噴霧したというのならば、まだ分かる。

 それならば竜族にも、大きなダメージを与えることができるからだ。

 事実、先程ティアマットが吐き出した腐食性の毒霧息(ブレス)攻撃は、竜族に甚大な被害を及ぼした。

 

 しかし只の毒では、あまりにも竜族に対しての効果が期待できない。

 それにも関わらず、ティアマットがあえて毒ガスという手段を選択した意味は──おそらく毒殺以外に攻撃として応用できる何かが、この毒ガスの中に秘められているはずだ。

 それをシグルーンは、毒によって朦朧とする意識の中で必死に考えた。

 そして彼女が得た答えは──、

 

(……ガス!?)

 

 シグルーンがティアマットの意図に気づいて叫ぼうとした瞬間、閃光とともに轟音が周囲に響き渡る。

 そして凄まじい勢いで炎がティアマットを中心にして広がっていった。

 

「可燃性の毒ガスっ!!」

 

 炎の中に次々と竜達が呑み込まれていく。

 いかに彼らが頑強な皮膚を持っているとは言え、さすがに肺に取り込んだガスに炎が引火すれば無事では済むまい。

 しかも毒に対して耐性がある者ほど、このガスに対しての警戒感が薄かったはずだから、なおのこと効果は大きかったはずだ。

 

 そして炎は、シグルーン達の元へも押し寄せてきた。

 クロはシグルーンの指示を待つまでもなく回避行動に移っていたが、あまりにも炎の広がりが速い。

 転移魔法による脱出はおろか、結界による防御さえ果たして間に合うかどうか。

 

『クッ!』

 

 だが、炎にクロの巨体が呑み込まれようとした寸前、炎は彼らの直前であたかもそこに見えない壁があるかのように(さえぎ)られた。

 いや、そこにはまさに、壁が存在していたのだろう。

 炎が見えない壁を(あか)く染めるかの如く、上下左右に広がっていく。


 しかし決してクロのいる方に、炎は押し寄せて来なかった。

 それどころか熱風すらも流れて来ない。

 むしろクロの巨体さえもが、その壁に吸い寄せられようとしていた。

 

「……大気の断層に炎が流れ込んだの……?」

 

 シグルーンはこの不可思議な現象の正体を、そう推測した。

 少なくともなんらかの魔法が、形成されたような気配が無かったからだ。

 しかし魔法でなければ、一体どのような力によって引き起こされた現象なのだろうか。

 大量の魔力や闘気を感じることから、まず自然の現象ではないことだけは確かだろう。


 つまりは──、

 

「斬撃による衝撃波……」

 

 フラウヒルデはゴクリと喉を鳴らした。

 彼女の言葉はおそらく間違いではあるまい。

 これはまさに斬撃の衝撃波によって発生した、真空の壁なのだ。

 

 だが、壁は左右数千mに渡って広がっている。

 どのような常軌を逸した威力の斬撃ならば、この壁を生み出せることができるのだろうか。

 焔天の能力を借りたフラウヒルデでさえも、現時点ではこれほど大規模の大気の断層を発生させることは難しい。

 

 だがフラウヒルデも、そしてシグルーンにも、この真空の壁を生み出すことができるであろう者には心当たりがあった。

 あの剣の奥義であれば、決して不可能ではない。

 

「まさか……」

 

 大気の断層の発生源と思われる方へ、一同は視線を向けた。

 そこには2人の人影がある。

 1人はまだ幼い少年であった。

 遠目に見てもルーフだとすぐ分かる。


 そしてもう1人は、紅い大剣を携えた銀髪の――、

 

「リザンちゃんっ!」

 

従姉(いとこ)殿っ!」

 

 シグルーンとフラウヒルデの、喜色に満ちた声が同時に上がった。

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