―光ある世界へ―
ブックマーク、ありがとうございました。
「………………」
ザンは暫くの間、竜王が先程までいたはずの虚空を眺めていたが、やがて小さくポツリと呟く。
「……本当にありがとう……」
ザンは、竜王から沢山のものを受け継いだ。
その中には竜王の記憶の一部もある。
その記憶からは、竜王がどれだけ自分のことを想っていてくれたのかを知ることができた。
竜王は彼女のことを、本当に娘か孫のように想っていてくれたのだ。
だからこそ彼はザンに全てを託した。
そしてこの遺産は彼女にとって、掛け替えのないものとなるだろう。
それから暫くの間、ザンは沈黙を守っていたが──、
「……呼んでる……!」
誰かに呼ばれたような気がして、振り返る。
そして今度は何かに、引き寄せられるような感覚──。
ザンが気が付くとその身体は、少しずつ父の遺体の傍から離れているようだった。
「竜王が言っていた迎えが来たって、これのことか!?」
ザンの身体はまるで川の流れに乗ったかのように、元いた場所から少しずつ離れていく。
「あ……!」
ザンは慌てて手を伸ばし、父の身体を掴もうとした。
「一緒に……還ろうね」
しかしザンが父の身体を抱き寄せようとしたその瞬間、横たわるベーオルフの身体の上に、巨大な剣の姿が浮かび上がる。
「王神剣……!!」
かつてティアマットを滅ぼした、父の愛剣──。
それがどういう訳か、ザンの目の前に姿を現した。
それが意味することは、おそらくただ1つ。
「邪竜王との決戦に役立てろと……?」
ザンの言葉に応えるかのように、王神剣は紅く輝く。
それを見た瞬間、ザンは迷い無く王神剣に手を伸ばす。
彼女の身体は徐々に流されつつあったが、その手は辛うじて王神剣を掴み取ることができた。
しかしもう父の遺体には、手が届かない。
それでも彼女の顔には、後悔は無かった。
ザンは慈しむように優しく、王神剣を抱きかかえる。
「父様の魂はこの剣とともにあるんだよね……。
うん、一緒に邪竜王を倒そう……!」
ザンは微笑みつつも、その瞳からはわずかに涙がこぼれる。
そんな彼女の身体は、静かに流されていく。
周りが全て闇なので、どれほどの速度で流されているのかは分からなかったし、空間の出口も全く見当たらず、何処まで流されていくのかも見当が付かなかった。
それでも何処かへ向けて、着実に進んでいることだけは確かなようだ。
やがてザンの視線の先に、小さな光の点が現れる。
それは一瞬で、10m近い大きさの光の円に膨れ上がった。
いや、そうではなく、元々そのサイズの光球に凄まじい速度で接近したのだ。
「出口だ!」
ザンは迷い無く、その光の中に飛び込んだ。
「出てくるよ!」
ラーソエルの明るい声に《うなが》され、ルーフ達の視線は一斉にラーソエルが形成した空間の穴へと集中する。
期待に満ちた視線で空間の穴を見つめる一同の姿は、ケガや汚れてボロボロであったり、疲労困憊気味であったりと、必ずしも万全な身体の状態ではなかった。
彼らはザンを召喚することに全力を注ぎつつも、一方ではティアマットに生み出されたドラゴンゾンビの襲撃を受けて、かなりの苦境に立たされていたのだ。
途中、アイゼルンデがまた死にそうになったりもしたが、今のところはなんとか誰1人欠けることなく現在に至っている。
ともかく、相当の苦労を強いられつつも、どうにか「ザンの救出」という目的が達成されようとしている今、皆の表情は明るい。
だが――、
「え?」
空間の穴から何かが飛び出した――アイゼルンデとシンには、それだけしか分からなかった。
何故ならば、穴から飛び出した何かは、あっという間に何処かへ飛び去っていってしまったからだ。
「……アレ?」
そしていつの間にか、ルーフの姿も忽然と消えていることに皆は気が付く。
アイゼルンデとシンは事態に付いていけず茫然としていたが、いち早く状況が飲み込めたラーソエルは不満そうに頬を膨らませている。
「も~、挨拶も無しに、ティアマット様のところへ行っちゃうなんてぇ!」
と、ラーソエルはブツブツ言いながら、ティアマットがいる方向へ飛び立とうとした。
が、アイゼルンデ達は──、
「ちょっ、ちょっと待って下さい!
君までいなくなると、私達は物凄く危ないような気がしますっ!」
慌ててラーソエルを引き留める。
正直、こんな背中に翼を生やしているような、得体の知れない少年に頼るのもどうかと思うのだが、最早贅沢を言っていられるような状況ではない。
彼は今ここにいる者の中では、間違いなく最強だった。
もしもの時には、これほど頼りになる者もそうはいないだろう。
「え~、これから面白そうなことが始まりそうなのに~」
ラーソエルは不満そうな表情を浮かべるが、
「「そんなことより私達の命の方が大事ですっ!」」
と、アイゼルンデとシンに力説されて押し黙る。
それからラーソエルは、暫し考えごとをしているかのような表情をしていたが、やがて笑顔で頷くのであった。
「……そうだね。
じゃあ、お兄ちゃん達が帰ってくるまで、遊んで待っていよう。
何か面白いことしよ!」
「いや、でもこんな非常時に……」
と、アイゼルンデとシンは戸惑うが、結局はラーソエルの遊びに付き合うことにした。
確かに今は世界の命運を左右するような非常事態なのかもしれないが、だからこそ彼女達にはもうできることがない。
それに不思議と周囲の空気が、軽くなったような気がする。
だから、ラーソエルの遊びに付き合うのも、悪くないかもしれない。
(本当に危険な状態は、もう乗り越えたのでは……?)
アイゼルンデは既に閉じつつある空間の穴にチラリと視線を移し、そんなことを思うのであった。
だが、彼女らはラーソエルの遊びに付き合った方が、よっぽど危険な目にあうということをまだ知らない。
勿論、ルーフの時とは違って、今度はラーソエルもアイゼルンデ達の命の安全は考えてくれるのだろうが、それでも彼の遊びに付き合うのは並大抵の労力ではあるまい。
まだまだ運命の神が課した彼女達への試練は、終わらなかった。
合掌――。




