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―王位の継承―

 ブックマーク、ありがとうございました。

『私は……この男をこのまま死なせるには、惜しいと思った。

 だから斬竜剣士の素体に選んだ……』

 

 竜王の言葉が続く最中(さなか)、映像の中ではベーオルフの胸に、丸い物体が静かに吸い込まれていく。

 

「何だアレは……?」


『私の心臓だ……』

 

「!?」

 

 ザンは驚愕の表情で、竜王を見上げる。

 

「そ、それじゃあ……何か? 

 まさかあんたの能力が衰えたのって……高齢の所為だけじゃなくて、自分の心臓を無くしてまでして父様を蘇らせたからなのか!?」

 

 竜王は静かに(うなづ)く。


『……十万年も生きたのだ。

 最早(せい)には、さほど未練は無かった……。

 それに自らの命を削るだけの価値はあった──と、今なら確信できる。

 ベーオルフの存在無くして、今の世界は存在しなかったであろうからな……』

 

「…………」

 

 ザンは何も言えずに、竜王に視線を注いでいた。

 彼女は自分達が、道具として生み出されたのだと思っていた。

 だがただの道具の為に、生命を懸ける者など存在しない。


 それどころか竜王の行いは、自らの生命を惜しまずにザンを救った、母ベルヒルデのそれと似ている。

 たとえ竜王のそれが使命感による行いであったとしても、彼女にはそれを非難することも否定することもできなかった。

 むしろこれは、恩に感じるべきものなのだろうと思う。

 

「そっか……私が母様に返しきれない恩があるのと同じように、父様にもあんたに対して大きな恩があったか……。

 こりゃあ……娘の私が、恩を返さない訳にはいかないよな。

 ……いいさ、あんたの思い通りになってやるよ」

 

 若干照れた様子のザンの言葉を受けて、竜王は(かす)かに微笑んでいるように見えた。

 

『……確かに私は、そなた達に重い使命を課しててきた。

 そしてこれからも、課すことになるだろう。

 だがそれでも、我が血脈を受け継ぐそなた達の幸福は常に願っている……』

 

「……その言葉は、取りあえず信じることにしておく」

 

『うむ……。

 では早速そなたに、我が英知を授けよう。

 良いな?』

 

「ああ……好きにしてくれ」

 

 ザンがそう答えた次の瞬間、竜王の身体が淡い光を放ち、その輪郭がぼやける。

 彼の全身が細かい光の粒子へと変わり、徐々に霧散していくのだ。

 いや、霧散するかに思われた光の粒子は、彼女を包み込むように再び集結する。

 

(なんか……懐かしい感じだ)

 

 何か大きな力が身体中に染み渡っていくような、心地良い感覚をザンは抱いていた。

 暫くすると今度は頭の中に、彼女が今まで知らなかったはずの知識が、次々と浮かびあがってくる。

 

(これが竜王の知識……秘術の数々か……。

 魔力の増幅方法1つをとってみても、かなり使い勝手がいい……。

 これなら今までの数倍の威力で、斬竜剣(ドラゴンスレイヤー)を撃ち出すこともできる……)

 

 次々とザンに注がれていく竜王の英知──その中には、ティアマットに対しての決定的な対抗手段となるかもしれないものも含まれていた。

 

「……どうやらあんたには、貰いすぎなほど沢山のものを貰ってしまったみたいだな。

 これなら邪竜王にだって、もう負けない。

 ありがとう……」

 

 ザンは未だ辛うじて姿を留めている竜王に対して、素直に礼を述べた。

 

『だが、油断はしないことだ……。

 今のそなたなら、奴がどのような存在なのかは、もう分かっておろう……』

 

「……ああ、だがこれは本当のことなのか? 

 邪竜王が……」

 

『うむ……あれも元々は人間(・・)だ……』

 

 (にわか)には信じられないことだったが、ザンが竜王から引き継いだ知識の中には、それが真実として記憶されている。

 かつてティアマットは、自らを強化する為に神の因子を取り込もうとして、1人の人間との同化を試みたのだという。

 

 つまり、ベーオルフが竜王の心臓と神の因子を持つ男が融合して生まれたように、ティアマットもまた、それと同質の存在と言えた。

 いわば彼女は、竜の姿を基本としているということを除けば、斬竜剣士と同じ存在だったという訳である。

 

 だが、そんなティアマットにも誤算があった。

 本来は人間よりもはるかに強大な存在であるティアマットの意識が、その肉体を支配するはずだった。

 しかし神の因子を持つが(ゆえ)か、こともあろうに人間の意識の方が、彼女の意識を浸食しはじめたのだという。

 

 今となっては彼女の意識が竜と人間のどちらがどれだけの割合を占めているのか、当のティアマット本人でさえも把握していないだろうが、これによって守護者としての役割を果たすべく力を追い求めていた彼女の行動は、自らの欲望に左右されるようになった。

 使命を成就させる為の行為が、いつしか自らのエゴを満たし、覇権を追い求める為の行為となっていったのだ。

 これが邪竜大戦勃発の、要因の一つとなったことは間違いない。

 

「そっか……人間の汚いところは、私も沢山見てきたから分かるような気がするけど……。

 だけどやっぱりあいつは許せないよ。

 邪竜王が私達と同じような存在であるのなら、なおのこと私は負けられない! 

 そして私は私の信じる人間の正しさを、証明してみせる!」

 

『うむ、期待しておる……。

 だが、心せよ。

 そなたとティアマットが近い存在であるからこそ、奴は万が一の時にはそなたの肉体をも奪おうと考えるであろう。

 奴に勝つ為には、奴を根元()から消さなければならぬ……』

 

「ああ……」

 

 ザンの顔に微かな悲しみの色が浮かんだ。

 存在の根元から消す──それは魂を輪廻転生(りんねてんしょう)の輪から外し、二度とこの世に生まれ出ないようにするということだ。

 いかなる悪に対しても、これほど厳しい仕打ちは無いかもしれない。

 だが、やらなければ世界に未来は無い。

 

「任せておけ……!」

 

 強い決心を己の内に(みなぎ)らせるザンの顔を見て、竜王は静かに頷く。

 

『ではそろそろ迎えも来たようだ。

 私は天に還るとしよう。

 そなたに……いや、世界に生きる全ての存在に、等しく光ある未来が訪れんことを祈る』

 

 そう言い残して竜王の姿は一瞬だけ強く輝き、しかし次の瞬間には跡形もなくその姿を消した。

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