―火竜砲発射阻止―
息攻撃の準備態勢に入ったヴリトラには、大きな隙が生じていた。
しかし対峙するザンは、直立不動の姿勢のまま、ただヴリトラを睨めつけているだけだった。
それはヴリトラが攻撃準備の態勢に入るのと同時に、またもやその巨体の周囲に無数の火球が出現したからだ。
(どーしたもんかなぁ……)
おそらくザンが少しでも動く素振りを見せれば、火球は一斉に彼女へと襲いかかってくるだろう。
その対応に追われて隙が生じたところに息攻撃の直撃を受けたとしたら、いかにザンといえどもひとたまりもない。
ならば、ここは防御に徹するのが、無難な対応策だろう。
否――、
それでもザンは、ヴリトラ目掛けて走る。
火球をかいくぐり、攻撃を叩き込むことが可能なのは、先ほども証明して見せたばかりだ。
しかも今度は反撃を許さないほどの、渾身の一撃を彼女は狙っているはずである。
逆にそれができなければ、彼女が勝利する確率は限りなく小さくなる。
何故ならば、仮にザンが防御に徹したとしても、彼女が形成した結界がヴリトラの攻撃に耐えきれるという確証は、何処にも無いからだ。
事実、先ほども下位の火炎魔法によって、彼女の結界は破られている。
無論その時の結界は、ヴリトラの攻撃に対して反射的に張った物で、ザンが全力を注いで作り上げたものではない。
故にその防御力は、実のところ大した物ではなかった。
だが、たとえ彼女が全力で最高強度の結界を形成したとしても、これから放たれるヴリトラの攻撃は、その耐久力をはるかに上回る可能性が高かった。
実際、過去においてはヴリトラよりも下位の存在によって、ザンが全力で張った結界が破壊されたことも皆無ではない。
そう、戦闘に特化した上位竜の全力攻撃を完全に無効化することは、事実上不可能だと言ってもいいのだ。
だからザンが防御に徹したところで、彼女は少なくないダメージを確実に被ることとなるだろう。
それがそのまま致命傷に繋がる可能性は、非常に高い。
ならばヴリトラに対して先制攻撃を仕掛けて、攻撃の発動を未然に防ぐ――これこそが得策である。
ザンは襲い来る火球の攻撃をかいくぐり、ヴリトラ目掛けて疾走する。
だが、ヴリトラは微動だにしない。
まるでザンの攻撃が自身には届かないことを、確信しているかのようであった。
(……なんの余裕だ?)
そのことに違和感を覚えつつも、ザンは突き進む。
そして彼女が、ヴリトラまであと数mの距離に迫った時点で、異変は生じる。
「――っ!?」
ザンを後方から追う形で襲いかかっていた無数の火球の1つが、狙いを外して彼女の前方へと突出した瞬間、それは唐突に霧散したのだ。
「くっ……!!」
それを見たザンはすぐさま足を止め、結界を展開しつつ後退する。
それとほぼ同時に、彼女の周囲を飛び交っていた火球の群も、全てが消え失せた。
「何!?」
遠目に見ていたルーフが、ザンの後退と火球の消失の意味が分からず、疑問の声をあげた。
それに対してファーブは、
「やられたな……。
あのまま無防備に突っ込んでいたら、ザンは終わりだった……」
と、重い口調で呻く。
「どういうことですか……?」
「ヴリトラの奴、周囲の熱を奪ったんだ。
奴も一部で『邪炎竜』と呼ばれるだけあって、炎や高熱を操る術に長けている。
だが、高熱を操れるってことは、その逆も不可能じゃないってことだろ?
高温も低温も、熱という点では同じだからな」
「じゃあ、今ザンさんの周囲は……?」
「少なくともマイナス100度以上、あるいは絶対零度に近いレベルの超低温と化しているだろうな。
だからヴリトラの火球も、急激に冷やされて消え失せた。
ザンはそれにいち早く気づいて、結界で大気を遮断したからいいようなものの、それが少しでも遅れていたら全身が凍り付いてしまい、もう戦闘どころじゃなかっただろう。
まあ、どのみち動きを封じられたことには、違いないのだろうけどな……」
ファーブの言葉通り、ザンの動きは完全に封じられていた。
確かに結界での冷気の遮断には成功していたが、咄嗟のことで完全にとまでは言いがたい。
事実、彼女の肌には凍傷によって火傷にも似た痛みが走り、部分的には麻痺してすらいる。
この身体の状態では、今すぐ攻勢に転ずることは難しい。
そもそも身の回りを包む結界という壁を取り除かなければ、壁に武器が阻まれて、相手に攻撃を加えることなどできはしない。
しかし、今この状況で結界を解除するのは、自殺行為である。
(あいつまで、あと数mなのに……っ!!
一か八か……結界を解除した瞬間に、全力の一撃でヴリトラを仕留める……のは無理か。
奴も冷気から身を守る為に結界を張っているだろうし……。
奥の手ならいけるかもだが、結界を張りながらだと魔力の制御に失敗して、結界が維持できなくなる可能性があるからなぁ……。
そうなったら攻撃どころじゃない……)
つまり、八方塞がりに状態に陥ったザンであった。
これはもう、防御に徹するしか他に術が無いだろう。
ブックマーク、ありがとうございました。




