―後継者の理由―
竜族に使役されていた一介の戦士風情──それが竜王の後継者とは、まるで悪い冗談のようだ。
それに竜王の言葉に対して、ザンには少なからず反発を感じる部分もある。
「そ、そんなことをいきなり言われたって、あんたの言葉を素直には受けいれられないな……。
結局、私の斬竜剣士の血を、利用したいだけなんだろう?
私は誰かに利用されて生きるだなんて嫌だ」
ザンの言葉を受けて、竜王は溜め息混じりの声音で答える。
『……そなたの想いはもっともである。
そなたが我が後継者となることを望むも望まぬも、それはそなたの自由意志だ。
だがそれでも私は、竜王として十万年の間培ってきた、あらゆる魔術の秘法を始めとする数多の英知と、我が魂の力をそなたに託さねばならぬ。
そうしなければ、そなたはティアマットに対抗することも容易ではないからな……。
取りあえず、受け取るだけは受け取って貰えぬか?』
「…………だけど」
しかし、ザンはまだ葛藤の最中にいた。
確かに竜王の後継者になることで、ティアマットに対抗する手段を知ることができるのは有りがたいことだった。
だが、ただ竜王の言いなりになることは、彼女の感情ではすぐには受け入れられない。
ここで竜王の言う通りにすれば、自分が本当にただの道具に成り下がってしまうかのような気がするのだ。
そんなザンに対して竜王は、
『……そうあまり深刻に考えないでほしい。
親が子に財産を継がせたいだけ……。
そのように受け取っては貰えぬか?』
「……親?」
ザンは訝しげに、竜王を見上げる。
確かに斬竜剣士は竜王に創り出されたが故に、竜王は親のような存在だと呼べなくもない。
しかし彼女にしてみれば、竜王の存在はどちらかといえば親と言うよりも製造者だ。
製造者が自ら創り出した道具に対して、親子の情の感情を抱くことがあるのか──それは甚だ疑問であった。
そもそも彼女にとっての親は、父ベーオルフと母ベルヒルデが唯一無二の存在であった。
『……私がどのようにして、斬竜剣士を生み出したと思う?』
「……?」
竜王の言葉にザンは眉根を寄せた。
その瞬間、またもや彼女達の周囲の空間に、なんらかの映像が浮かびあがる。
それは激しい戦いの様子であった。
竜と1人の男の、死闘──。
「これは……?」
『ベーオルフがまだ人間であった頃、彼の国が邪竜に襲われて滅ぼされた時の映像だ』
「!?」
ザンは慌てて映像の中の男に、意識を集中させた。
その男は今よりも老けて見えたが、確かに父の面影がある。
「本当だ……。
それにしても、人間だって?
闇竜と、渡り合っているじゃないか……」
映像の中で父と相対しているのは、まだ若い闇竜のようであったが、どちらにしろ人間がまともに戦えるような相手ではない。
彼らは邪竜族において、最高位の実力を持つ種族であった。
だがその闇竜に対して、父は互角とは言わないまでも確かに渡り合っていた。
全身を血で染めながらも、臆すること無く闇竜に立ち向かい、そして強烈な斬撃を竜の巨体に叩き込んでいる。
無論、人間の扱う剣では、竜の強固な皮膚を斬り裂くまでには至っていなかったが、それでも強引に力で竜を叩き伏せていた。
「凄い……!」
とても人間のものとは思えぬ父の戦いぶりに、ザンは驚愕を禁じ得なかった。
『おそらく……ベーオルフは、神の因子を有していたのであろうな。
神々の内の幾柱かは、人間や動物の身体と融合して生き延びた者もいたという……。
ベーオルフはその末裔なのだろう。
偶然かな、そなたの母もそうであったようだが……』
「……なんか分かるような気もするけど……」
竜王からの指摘を受けて、母や叔母の人間離れした非常識さを思いだしたザンは、なんとなくでもその事実に納得するしかなかった。
『しかし結局は、人間がどうこうできるような相手ではなかった……』
「ああ……。
息を一発でも吐かれたら、おしまいだ……」
悲しげな声でザンはそう呟いた後、それから彼女は一言も発すること無く映像に見入っていた。
その映像の中では、ベーオルフが手にしていた剣が粉々に砕け散った。
しかしここは、竜の皮膚を斬りつけてなお、その剣が今まで破損しなかったことを称賛すべきだろう。
おそらく当時としては、世界に2つと無いほどの名剣であったに違いない。
ともかく武器を失ったベーオルフは、ここで敗北が決定したようなものだ。
いや、最早竜によって負わされた傷が原因で、その命が尽きるのも時間の問題だろう。
だが、それでもベーオルフは、素手で闇竜に挑みかかっていった。
何故そうまでして勝ち目の無い戦いを続けるのか、その理由がザンには多少なりとも理解できた。
おそらく映像の端で既に事切れている女性の姿は、父が戦う理由とは無関係ではないはずだ。
父の顔は憤怒の色に染まっていたが、彼女にはその顔が泣いているようにも見えた。
(父様は……私よりもずっと苦しい想いをしてきたのかな……?)
映像を見つめるザンの身体は、小刻みに震えていた。
おそらく彼女がたった1度でも耐え切れなかったことを、父は2度も、あるいはそれ以上も経験したのだ。
そして、映像は唐突に切り替わる。
『……これ以上観ても、結末は変わらない……』
「ああ……ありがとう」
父の死に際に再び直面させないように──と、配慮した竜王の心遣いに、ザンは素直に礼を言った。
そんなザンの視線の先では、寝台の上に静かに横たわる父の姿があった。
その父の胸の上には、人間の頭ほどもある丸い物体が載っている。
ザンにはその物体の正体が分からなかったが、ルーフならばそれを知っていただろう。
明日はお休みするかもしれません。




