―終わりかけた世界―
邪神は叫ぶ。
怨嗟に満ちた絶叫で。
「もういい!
もういい……!
そうだ、最早守るべき者もおらぬこの世界の為に、手加減する必要が何処にある!?
世界が消えようとも、我が妻の無念は今ここで必ずや晴らそうぞ!」
(妻……?)
邪神の叫びに、ザンはほんの少しだけ共感するものを感じた。
おそらくは彼も、かつての彼女と同様に大切な者を、理不尽に奪われてとまったのだろう。
その詳しい経緯を知ることはできなかったが、神にも自分達と同じように愛する者があり、それを失えば悲しみ、そして憎悪することもある。
その心は普通の人間と、殆ど変わらないのではないか──。
ザンには意外に感じる反面、不思議と納得することができた。
だが、決して共感してはいけないものもある。
いかに憎悪で心を支配されていたとしても、世界を壊していい理由にはならなかった。
「やめろっ!」
ザンは叫ぶ。
しかしこれは既に起こってしまった、遠い過去の出来事の映像だ。
最早これから先の結末は、誰にも変えようがない。
だがそれでも、ザンは叫ばずにはいられなかった。
これから起こる悲劇に伴う痛みを、少なからず理解することができたからだ。
そして、邪神が完全に魔界に呑み込まれた頃──、
「!?」
周囲が突然暗くなった。
自身が何かの陰に入ったのだと思い当たり、ザンが上空を見上げる。
するとそこには、目を疑う光景があった。
「な……何だよこれ……!?」
ザンは愕然として、震えた声で呻く。
何故ならば彼女の視界の殆どが、巨大な物体に埋め尽くされていたのだから──。
『後の世おいて、月と呼ばれるものだ……。
邪神が遠い宇宙の果てより呼び寄せた、最大級の隕石……。
いや、最早これは小惑星だな』
「月!? これがっ!?」
月を間近で見たことが無いザンは、我が目と耳を疑った。
まさかこれほど巨大な物体だとは、今まで思いもよらなかったのだ。
彼女の目の前にあるのは、まるでもう1つの大地ではないか。
「こ……こんな物が地上に落ちたら、どうなるんだよ……!?」
『間違いなく世界は、終わるであろうな……』
竜王の言葉にザンは、ただただ戦慄するしかなかった。
『だが……世界は終わらなかった』
神々が月に目掛けて一斉に攻撃を仕掛けた。
おそらく月を粉々に破壊することを、彼らは試みたのだろう。
しかし月は、その表面に無数の隕石痕が穿たれただけで、未だ健在だった。
その質量があまりにも大き過ぎて、砕くどころか、その表面を削ることすらもままならないのだ。
それでもまだ、神々も諦めない。
彼らは一丸となって月に取り付き、そして持てる力の全てを放出して月を押し戻そうとしていた。
凄まじい量の魔力が月を包んでいく。
「月が……昇っていく……」
ザンが見上げる先で、月は少しずつではあったが、確かに上昇していた。
だが、時が経過する毎に、力を使い果たした神々が1人また1人と、次々に地上へと墜ちていく。
『結局……月の落下の危機が払拭された頃には、神々の殆どが力尽きて滅んでいた。
そしてわずかに生き残った者達も、最後の力を振り絞って私を生み出し、そして消えた』
竜王がそう語り終えた時、周囲は元の暗闇に戻っていた。
しかしザンは、そのことに気付いた様子も無い。
今し方の映像によって受けた衝撃から、なかなか立ち直れないようだった。
それに疑問に思うことも沢山ある。
「あんたを……生み出して……?」
まずは竜王が生み出された、その理由である。
神々が何故に自らの命よりも優先して、竜王を生み出したのか。
そしてそれが自分自身とどんな関係があるのか、ザンにはそれらの疑問の答えが全く分からなかった。
だがそれは、これから竜王が語る話の中で、全てが明らかになるだろう。
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