―究極奥義―
ブックマーク、ありがとうございました。
フラウヒルデの闘気は、天井知らずに高まっていく。
それに反して彼女の表情は穏やかですらあり、静かに瞑目していた。
(イメージを……強く心に思い描き……刃に伝える……)
これから試みること、そしてその結果、それをフラウヒルデは強くイメージしていた。
それこそが、魔法の武具から強大な力を引き出す為の手段である──と、以前ザンが教えてくれた。
自身が何を望んでいるのかが伝われば、その武具の機能の範囲内であれば、どんなことでも可能になるはずだ。
(光烈武剣と焔天よ……私はお前達を扱うには、まだまだ未熟かもしれない。
しかしいずれは、使いこなしてみせるつもりだ。
だが、この戦いを切り抜けなければ、私がお前達を振るうのはこれで最後となるだろう。
それが少しでも惜しいと思うのならば、その力を貸してくれ……!!)
フラウヒルデがそう強く心に念じた瞬間、彼女の左手の焔天が微かに震動した。
それを受けて、彼女の顔に何かを確信したような笑みが浮かぶ。
そして彼女は両腕を頭上高く振り上げ──、
「汚れし魔物を浄化せし、光と炎の秘刃!!」
と、叫びつつ光烈武剣と焔天を交差させるように振り下ろした。
「虚空炎閃十字破斬!!!!」
それと同時に、竜族を追撃していたドラゴンゾンビの群れの中に、十字型の線が生じた。
フラウヒルデが放った斬撃――その軌跡の上にあるあらゆる存在が切断され、更に真空の断層までも生じていた。
その断層が遠目には、まるで線のように見える。
おそらく斬り裂かれたドラゴンゾンビの数は、数百をくだらないであろう。
斬撃でそこまでの威力を発揮するとは、シグルーンでさえも目を疑うような光景であった。
だがシグルーンが驚くのは、これからである。
ドラゴンゾンビの群れの中に生じた交差する二本の線の両端から、光と炎が流れ込むように奔る。
それは斬り裂かれたドラゴンゾンビの身体を炎が焼き拡げ、あるいは光が浄化しているのだ。
そして光と炎が交差したその瞬間、眩く巨大な爆発が生じ、ドラゴンゾンビの群れを完全に呑み込んだ。
おそらくこの爆発に耐えることができるドラゴンゾンビは、殆ど存在しないだろう。
「す……」
その光景にシグルーンは、暫し驚愕の表情で固まっていたが──、
「凄いじゃないっフラウったら、いつの間にこれだけの力を得たの!?」
と、娘の背中をバシバシと叩いて大はしゃぎである。
「いえ……私はただ武器の力を借りたまでで……まだまだですよ……」
「それでも大したものよ。
おかげで戦況はかなり好転したわ……」
そう言いつつ、シグルーンはわずかに涙ぐんだ。
「は、母上?」
フラウヒルデはかなり希有な、母の涙を目撃して戸惑った。
実際、母が泣いている姿を見たのは、10年近く前に兄が亡くなった時以来であるように思う。
「ああ……うん。
ようやく私を超えてくれそうな子が現れたと思ったら、嬉しくってね……」
シグルーンは涙を指でぬぐいながら微笑む。
彼女はあまりにも強大な能力を持つが故に、その子供達の中で彼女を超えた者は、精神的という意味でならばまだしも、物理的にはこの200年間、ただの1人も存在しなかった。
そして皆、彼女より先に老い、寿命を終えていったのである。
親としてこれほど寂しいことも、そうは無いだろう。
だがようやくシグルーンにも、安心して後を任せられる子が現れた。
フラウヒルデにはどういう訳か、母の持つ人外の血を子供達の中で最も色濃く受け継いでいるようであった。
おそらく寿命も、母よりも長く残されているに違いない。
我が子よりも先に命を全うする――それはシグルーンにとって、悲願とも言えるものであった。
そしてそれが叶うかもしれないという光明が見え始めた今、その喜びは他者には計り知れないだろう。
「どうやら老後の私の面倒を見るのは、あなたのようね」
そんなシグルーンの軽口に、フラウヒルデはかなり迷惑そうな表情を浮かべた。
「今でも十分面倒見ているような……。
というか、まだ老後ではないつもりなのですか……?」
「うーん、まだまだ青春真まっ直ただ中ねぇ」
「はぁ……」
と、フラウヒルデが嘆息していると、上空から呼び掛ける声がある。
『御館様、竜族が引き返して来ましたよ』
クロがシグルーン達のもとへ降りてきたのだ。
「まあ、当然でしょうね。
少しは勝ち目が出てきたもの。
フラウ、当面はあなたが攻撃の要となるわ。
期待しているわよ!」
「ええ、最善を尽くしてみます」
「よしっ!
取り敢えずクロの背に乗りなさい。
邪竜王のところへ向かうわよ!」
「は、はい。
あ……クロ殿でしたか。
無事でよかった。
タイタロスでは、あなたのお陰で命拾いしました」
フラウヒルデは謝礼を述べつつ、クロの背に飛び乗る。
だが──、
(これってその昔、アースガルを襲ったと言い伝えにある竜の姿とそっくりだな……。
やっぱりそうなのか……?)
クロの正体がどのような竜なのか知らなかったフラウヒルデの表情は、かなり複雑なものとなっていた。
そんな彼女の心中を知ってか知らずか、
『はい、お嬢様方も御無事で何よりでした。
そのお元気なお姿を見れば、俺も身体をはった甲斐があります』
ニコニコと陽気にしている(らしい)クロの姿を見て、フラウヒルデはあまり深く考えないことにした。
クロは国を襲うような凶暴な竜には、どうしても見えなかったからだ。
「とにかく、これが最後の戦いね。
気を引き締めて行くわよ!」
「ハイ!」
『ハッ!』
シグルーンの号令を受けて、フラウヒルデとクロが勢い良く答える。
しかし彼らが目指す先には、半ば確定していた勝利を覆され、怒りに燃えるティアマットの姿があった。




