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―継 承―

(く……苦しい……。

 でも、こんなところで……さっきザンさんに助けてもらったばかりの命を、無駄になんかできない……!!)

 

 地に蹲っていたルーフはわずかに顔をあげ、


「な……何度も、何度も助けてもらったんだもの、今度は僕がザンさんを助ける番だ……っ!!」

 

 ルーフは全身全霊を込めて叫ぶ。

 彼は動くことすらままならなかったはずなのに、気力を振り絞ってゆっくりと立ち上がり、空に目掛けて右手を突き上げた。


 直後、大砲のような音が鳴り響く。

 彼は空目掛けて全力で魔力を撃ち出すことによって、体内に受け入れ切れない魔力を体外に排出してやり過ごそうと考えたのだろう。

 ファーブの心臓が放出する魔力の量が安定するまで、幾度も幾度も空目掛けて魔力を撃ち出し続ける。

 

 しかし放出される魔力があまりにも桁違いな量である為、ルーフの右手は早くも崩壊し始めていた。

 腕のあちらこちらから()ぜるように血が噴き出し、また、胃を襲う灼熱感も未だ引いた訳ではない。

 彼の顔が苦痛に歪んだ。

 

「ぐうぅぅぅ……!」

 

 ルーフの噛みしめられた歯の間から、押し殺した悲鳴が上がる。

 しかも彼は苦痛によって意識を失いかけたのか、時折ガクンと膝を落とすように体勢を崩すこともしばしばであった。

 それでもその度に彼は踏み留まって、決して倒れることはなかった。

 

(……驚いたな……。

 前々から土壇場では強い奴だと思っていたが……。

 こりゃあ……根性馬鹿のフラウヒルデよりも、根性があるかもしれんぞ……)

 

 ファーブは安心したように微笑む。

 そんな彼の前では、ルーフから発散される力の波動が徐々に収まっていく。

 それから5分近く経ってようやく、彼の天に向けて上げられていた右手はダラリと垂れ下がった。

 もう魔力を放出する必要が無くなったのだ。

 しかも腕は崩壊しかかっていたはずなのに、見る見る内に再生されていく。

 

 やがてルーフの身体から漏れ出る力の波動は、完全に消えていた。

 

「はあっ、はあっ!」

 

 ルーフの呼吸は、今まさに全力を振り絞ったばかりのように荒かった。

 だが、それもすぐに穏やかになってゆき、そして彼は最後に大きく息を吐き、安堵した表情をファーブへと向けた。

 

「……なんとか……受け入れることができたようです……」

 

 ファーブは無言で頷いた。

 

「でも……あまり自分が変わったって実感はありませんね……」

 

「じゃあ、軽く魔法を使ってみろ。

 よく変化が分かる」

 

「あ、はい」

 

 ファーブに促されて、ルーフは10mほど離れた岩に目掛けて火球を放ってみた。

 すると岩が跡形もなく吹き飛ぶではないか。

 それどころかその下の地面までもが、深く(えぐ)られている。

 

「あ……当たったら、火球の方が弾けて消えるくらいの力加減で撃ったつもりだったのに……!」

 

 思わぬ威力を発揮した自身の魔法に、ルーフは驚愕した。

 しかしファーブは予想していたのか、特に慌てた様子もなく口を開く。

 

「魔法だけじゃない……身体もかなり強化されたはずだ。

 今のお前なら、竜に本気で殴られたって簡単には死にはしないだろう。

 逆に竜を殴り殺すことはできるかもしれんがな……」

 

「そ……そんなに強く……?」

 

 ルーフは信じられないような面持ちで、自らの両波動が徐々に収まって(てのひら)を見つめていた。

 そして今後まともに日常生活が送れるのか、そんなことを思わず心配する。

 確かに急激に強くなった所為で、力のコントロールの仕方がまだよく分かっていない彼は、ちょっとした力加減のミスで大破壊を引き起こしかねなかった。

 

「ま、まあ、これだけ力があれば、ザンさんのこともなんとかなりますよね」

 

 と、ルーフは不安を吹き飛ばすかのように、明るく声を張り上げる。

 

「それじゃあ、空間を操る術を知っているかどうか、高位の精霊と交信してみましょうか」

 

「いや、待て」

 

 と、ルーフが行動に移ろうとした刹那、ファーブが待ったをかける。

 

「俺は回復の為に休眠に入るから、あまり間近でやらないでくれ……。

 落ち着いて眠れないからな……」

 

「え……でも……?」

 

 ルーフの顔に戸惑いの色が浮かぶ。

 ファーブの言葉に従うということは、彼をこの場に残して別の場所に行くということだが、今の身動きもロクに取れない彼を置いていくことはやはり心配だ。

 

「心配するな。

 俺は縮まって地面に潜っているから危険はないさ……。

 それにここから5kmくらい南に行ったところで、フラウヒルデ達がぶっ倒れているぞ。

 まずはそちらの心配をした方がいい」

 

「えっ!?」

 

 ルーフは慌てて南の方に目を向けた。

 とは言っても、さすがに5kmも離れていると何かが見える訳でもないのだが、何故かフラウヒルデ達の気配らしきものを感じることができた。

 

「本当に向こうにいるみたい……。

 じゃあ、僕はフラウヒルデさん達の様子を見てきますけど……。

 ファーブさん、本当に大丈夫なんですね?」

 

「…………問題ない」

 

「では、行ってきますね。

 必ずザンさんを連れて戻って来ますから!」

 

「ああ……頼む」

 

 そんなファーブの言葉を受けて、ルーフは駆けだした。

 しかし──、

 

「お……おおおおおおおお~っ!?」

 

 彼の身体は走り始めた直後に、とんでもない加速力を得た。

 最早それは音速に近い速度となり、彼は素っ頓狂な声を後に残しつつ、すぐに見えなくなる。

 ファーブの心臓によって強化されたルーフの動きは、既に人間の動きのそれではなかった。

 

 ファーブはルーフが消えていった方角を眺めつつ、ホッとしたように大きく嘆息する。


「……なんとか持ちこたえられたようだな……。

 これ以上あいつを心配させることがなくてよかった……」

 

 そんな彼の全身は急激に変色していく。

 元より白かった彼の身体は更に白くなり、しかもその皮膚の質感はまるで乾いた泥のようで、見るからに脆そうだ。

 

 それはファーブが今まで必死に押しとどめていた何かが、ついに彼の抵抗を打ち破って一気に全身に広がっていくかのようであった。

 

(邪竜王め……衝突するあの一瞬で、俺に石化の呪いをかけるとはな……。

 さすがというか……。

 チッ、この呪いを無効化できなければ、再生能力も意味がない……)

 

 そして既にファーブには、その呪いに対抗できるだけの力が無かった。

 

「しかし……まだ正常な部分の殆どを、あいつに渡すことができた……。

 それだけでも良しとするか……。

 後は……賭けだな」

 

 ファーブは静かに笑う。

 それから彼の身体が完全に石化するまでには、さして時間はかからなかった。

 やがてファーブの身体は、風化した岩の如く砂と化して崩れていった。

 明日こそお休みの予定です。

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