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―身体の中の太陽―

 ファーブの心臓と融合する為に、それを飲み込む──その事実に驚愕したルーフの反応も、当然であろう。

 心臓を飲み込むという行為に抵抗を感じたが(ゆえ)だが、それ以前にいくらアメ玉サイズとはいえ、水も無しに飲み込むのは相当苦労しそうな大きさである。

 下手をすれば喉に詰まらせて、窒息しかねない。

 この心臓を受け入れる為には、色々な意味で覚悟が要求された。

 

「……分かりました……やってみます」

 

 しかしそれでも、すぐにルーフは決断した。

 どのみち生き残ることすら困難な状況に、世界は(おちい)りつつある。

 今やれることをやらなければ、未来は無いのだ。

 彼はファーブの心臓をつまみ上げた。

 

「……頼む。

 だが、気を付けろよ。

 お前ならば大丈夫だとは思うが、その心臓には並の人間ならば、受け入れきれずに破裂してしまいかねんほどのエネルギーが秘められているからな。

 最初は胃の中に結界を形成するくらいのつもりで魔力を集中して、心臓の力を抑え込んで、ゆっくりと受け入れた方がいい」

 

「…………破裂」

 

 ファーブの言葉を受けて、心臓を口に運ぼうとしていたルーフの動きが止まった。

 そして彼は暫くの間、(にら)むかのように心臓へと(けわ)しい視線を注いでいたが、やがて意を決して心臓を口に放り込み、そして一気に飲み込んだ。

 

「うう……ノド痛い……」

 

 ルーフは涙目で(うめ)く。

 やはり咽に引っかけてしまったらしい。

 だがそれ以外には、これといった変化は見られなかった。

 

「平気か?」

 

「え、ええ……取りあえずは…………うっ!?」

 

 変化はルーフの体内で、突然生じた。

 胃が痙攣するかのような激痛に襲われて、彼は地に(うずくま)り、そしてそのまま動けなくなった。

 あまりの苦痛に、悲鳴すらも上げることができない。

 

 本来、胃には痛覚が無いのだが、それにも関わらず激痛を感じるということは、それは胃の内部に留まらず、その周辺の器官や神経に致命的なダメージが生じた証拠であった。

 

 もっとも、ルーフを襲ったのが只の痛みならば、たとえどのような激痛であろうともある程度は我慢できたかもしれない。

 ここ最近の彼は、常人ならば命に関わるような傷を負うことが多く、それ故に痛みに対しての耐性が備わりつつあった。

 

 しかし今ルーフを襲っているのは、灼熱感にも似た痛みだ。

 胃が燃えるかのような灼熱の痛みが、絶えず彼を襲っていた。

 それは我慢しようとして我慢できるような、生易しい苦痛ではない。

 

 たとえば指を切断するような傷を負ったとしても、その痛みに耐えられる者は多くはないにしても、確実に存在するだろう。

 しかし同じ指を失うにしても、炎の中でじわじわと指が完全に焼け落ちるまでの長時間、その痛みに耐えられる者は果たしてどれだけいるのだろうか。

 

 おそらく「存在しない」と断言しても、過言ではあるまい。

 切断の痛みのピークは瞬間的であり、感染症などに気を付けて適切に処置すれば、あとは完全に元に戻るかどうかはともかく、時間の経過とともに癒やされていく痛みである。

 

 だが、()やされていく痛みは、短時間では終わらない。

 しかも痛みのピークに向けて、時の経過とともに増大していく。

 それは炎を消さない限り、果てしなく増大していく痛みのだ。

 ルーフが今味わっているのは、正にそれだった。

 

「うぐぐぐうぅぅぅ……っ!」

 

 ルーフは必死で胃の辺りに魔力を集中させ、膨大なエネルギーを放出しているであろうファーブの心臓を抑え込もうとしたが、灼熱感はなかなか引かない。

 それどころか彼の全身から、凄まじいまでの力の波動が洩れ出し始めた。

 全く心臓から発せられるエネルギーを、抑えることも吸収することもできていないのだ。

 

 このままではファーブの言葉通り、ルーフの身体は放出されるエネルギーの勢いに耐え切れずに崩壊してしまいかねない。

 しかし現状ではいつ終わるとも知れない苦痛に、ただひたすら耐えるしかなかった。

 

(死ぬ……ホントに死んじゃう……!!)

 

 ルーフはこれまでの人生の中で、最も死が身近にあるように感じた。

 おそらくそれは錯覚ではない。

 彼の脂汗だらけの顔が、苦痛と恐怖に歪む。

 あまりの激痛に意識が途切れそうになるが、もし気絶してしまえばそれはそのまま死を意味する。

 

 この痛みは、時間の経過とともに引くようなものではないのだ。

 一度意識を失ってしまえば、もうファーブの心臓から流出するエネルギーを抑える(すべ)がない。

 あとは意識の無いまま、肉体が破壊されていくだけだ。 

 だからルーフは、まだハッキリとしている意識の欠片(かけら)に、必死になってしがみついていた。


 そんなルーフの姿を、ファーブは静かに見守っている。

 彼とてルーフを苦しめようなどとは──ましてや殺そうなどとは、毛頭思ってはいなかった。

 だが彼には、苦しむルーフを救ってやることはできなかった。

 彼に残された手段は既に、もうこれしか残されていないのだから──。

 

(スマン……危険な賭けだが……今はお前に賭けるしかないんだ……)

 

 そして、ファーブは、

 

「ザンを……助けてやってくれ……」

 

 むしろ自身の方が救いを必要としているかのような、弱々しく消え入りそうな声でルーフに呼び掛けた。

 

「ぐううううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……っ!!」

 

 ファーブの言葉に応えるかのように、ルーフが呻いた。

 最早彼には、他者の言葉の意味を聞き分けているような余裕はなかったはずだが、それでもファーブの想いは届いていたのかもしれない。

 明日はお休みの予定……かと思ったけど、明後日になるかも。

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