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―虚空より― 

 今回から11章です。

「…………?」

 

 覚醒したザンの視界に映り込んだのは、まず闇だった。

 いや、闇だけしか存在しなかった。

 仰向けの彼女が見上げる上空は、闇一色に染められている。

 

 夜――という訳ではないだろう。

 屋外ならば少なくとも、星空か曇り空が見えていてもいいはずだ。

 しかし見上げる天には、何も確認できない。

 だからといって、何らかの遮蔽物が周囲を囲い、光を(さえぎ)っているような閉塞感もなかった。

 

 ザンには目の前に広がる闇が、無限の奥行きを持っているかのように感じられた。

 だが、広大ながらも光が一切差し込まない世界――そんなものは本来有り得ない。

 

 だからザンは、視力が無くなっているのではないかと焦るが、視線を下に向けて見れば自身の胸がかすかに視界に入る。

 どうやら視力は正常であるようだった。

 しかし、よくよく考えて見れば──、

 

(…………? 

 光源も無いのに何故見える?)

 

 と、当然の疑問が浮かぶ。

 いかにザンの視力が常人をはるかに上回るとはいえ、全くの無明の中では決して物を見ることなどできはしない。

 視覚は物体に反射した光の波長を目で捉えることによって、初めて映像として形を成すのだから。

 

 そもそも自分は天を見上げているのだろうか……と、ザンは思う。

 どうも背に地面の感触が無い。

 それどころか重力すらも感じない。

 しかしそれでいて、浮遊感のような物も感じられなかった。

 

 それが(ゆえ)に自身が地面の上に寝ているのか、それとも浮いているのか、全く判別が付かない。

 あるいはそう感じていないだけで、彼女は真っ逆さまに落下し続けている最中の可能性だってある。

 どちらにせよ、ここは今までザンがいた世界の物理法則とは異なる、未知の法則によって形作られた空間であるようだった。

 

「くっ……」

 

 ザンは起き上がろうとして、苦痛に顔を歪ませた。

 ティアマットに粉々に砕かれた四肢はまだ再生途中であり、ほんの少し動かしただけでも激痛が伴う。

 

 だが、このままじっとしてはいられない。

 ここが一体何処なのかは分からないが、彼女にとってティアマットとの戦いはまだ終わってはいなかった。

 一刻も早くここから脱出して、戦線に復帰しなければ犠牲者が増える。

それだけは許してはならない。

 

 それに――、

 

(ここは嫌だ。

 何回も夢で見た世界とそっくりだ。

 夢では母様が助けてくれたけれど……)

 

 もう母には頼ってはいけない、そんな気がした。

 ザンはもう昔のように(ひと)りではない。

 自身の側にいてくれた人達の為にも、もっと強くならなければならない。

 

「くうぅ……っ!」

 

 それからたっぷりと1分以上かけて、ザンはようやく上半身を起こすことに成功した。

 そしてすぐ近くに横たわる、人の姿を見付ける。

 

「…………!!」

 

 これほど近くにいながらも、その存在に気付くことができなかったとは──随分と余裕を無くしていたのだと、ザンは自覚する。

 だが、それは無理もないことなのかもしれない。

 それだけ彼女の身体は傷付き、そして疲弊し切っている。

 その五感は(いちじる)しく低下していた。

 

 その上、ザンの(かたわ)らに横たわる人物もまた、微弱にしか生命の気配を発していなかった。

 ともすれば、今すぐにでもその気配が消失してしまいそうだ。

 ザンが万全な状態の時であってさえも、その気配を人間のものとして感知できたかどうか、それは疑わしかった。

 

「………………あ!?」

 

 更にザンを驚かせたのは、その瀕死の人物が彼女の父親だったことである。

 

「父様っ!?」

 

 全身を(さいな)む激痛を忘れて、ザンは慌てて父ににじりよった。

 

「父様!? 

 ど、どうしてこんな……!?」

 

「…………リ、リザンか」

 

「!?」

 

 ベーオルフは(うつ)ろな視線を、虚空に彷徨(さまよ)わせた。

 どうやら既に視力を殆ど失っているらしい。

 ザンは父の手を取り、自らの頬に添えた。

 

「ここにいる。ここにいるよ!」


 そんな娘の導きによって、ベーオルフは娘の顔に視線を送った。

 おそらくザンの顔は、見えてはいないはずだが──、

 

「本当に大きくなったんだな……」

 

 それは手に触れている顔の感触によって、何となく分かったのだろう。

 彼はわずかに微笑んだ。

 だが、それもすぐに苦痛の色にかき消される。

 

「……スマン。

 再会したばかりだというのに……」

 

 ベーオルフは娘に詫びた。

 彼にはもう残された時間が殆ど無い。

 それは彼のみならず、ザンにもよく分かっていた。

 だから――、

 

「なんで謝るんだよ!? 

 謝んなくたっていいよ!

 そんなことより、もっと楽しいことを話そうよっ!? 

 私ね、この200年間、父様と母様がいなくなって寂しいこともあったけど、楽しいことだって一杯あったんだよ!


 シグルーンって憶えている? 

 母様の妹で、私の叔母様。

 実はまだ生きているんだよ。

 父様に助けられたこと、凄く感謝していた」

 

「そ……うか」

 

 ベーオルフの顔にわずかに笑みが戻る。

 それを見てザンも笑い返した。

 

「それでね、叔母様の娘とか孫とか曾孫とか、色々な人達とも知り合いになったんだ。

 うん、私の親戚になる人が何百人もいるんだよ。

 みんな私に良くしてくれるよ。

 もう家族みたいなものだよ」

 

 ザンは一方的に喋り続けた。

 父が既に会話をすることすら辛い状態なのが、目に見えて明らかだったからだ。

 

「それにファーブニルを憶えているでしょ? 

 昔、父様と戦ったそうだけど、今は私の相棒なんだ。

 あと、ルーフってのがね──」

 

 今、自分がどんなに幸せなのか。どれだけ沢山の人々に囲まれているのかを伝えたかった。

 彼女は時折涙で声を詰まらせそうになりながらも、ひたすら父に語り続けた。

 

(私のことはもう何も心配いらないから――)

 

 そんな娘の想いは父にもよく分かっていた。

 だから彼は娘の声を聞きながら笑みを浮かべて小さく息を吐き、そして二度と息を吸うことは無かった。

 

「でね、メリジューヌが…………父様?」

 

 ザンがふと気付くと、父の気配が途切れていた。

 それは満足そうで、生き生きとした表情に見えたが、彼からは呼吸音も心臓の鼓動も感じ取ることはできなかった。

 

「父様? 

 ねえ、父様?」

 

 ザンは、目の前の現実を信じられないとでもいうかのような表情を顔に浮かべて、父の身体を恐る恐る揺すってみた。

 しかし、父からは何の反応も返ってはこない。

 彼女の表情は見る見る間に凄まじい焦りの色に彩られ、更に激しく父の身体を揺すぶってみたが、やはり何も──。

 

「とう……さま……」

 

 やがてザンは、ようやく何かを理解し、呆然とした表情で絶句する。

 ザンの顔からは、水滴が1滴、2滴とベーオルフの顔に滴り落ちる。

 いや、水滴はまだまだ続く。

 彼女は、声も無く泣き続けていた。


 今、ザンの周囲には、闇と死しか無かった。


 


『いよいよか……』

 

 静かに身を横たえていた竜王ペンドラゴンは、ゆっくりと(こうべ)をもたげ、|《厳おかごそ》かに呟く。

 

『竜の世が終わり、世界の()りようが変わる……』

 

 その一瞬後、崩れ落ちてきた巨大な岩塊が、10万年にも亘って世界を治めてきた彼の身体を、


『全ては次代の者に託そう──』

 

 ――容赦なく押し潰した。


 ここに今、一つの時代終わりを告げようとしていた。

 今後毎週日曜日の更新は休もうかと思います。

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