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―竜の世の黄昏―

 ティアマットの反応が確認されたという信じがたい報告に、竜族の間で動揺が伝播(でんぱ)する。

 

「!?」

 

『馬鹿な、あのファーブニルの攻撃を、耐え抜いたと言うのか!?』

 

『奴は不死身かっ!?』

 

 (にわか)に群れ全体へと混乱が広がる。

 取り戻しかけていた群れの統制が、再び崩れようとしていた。

 

「そんな……ファーブニル様の犠牲さえも、無意味だったって言うの……?」

 

『お……御館様……』

 

 シグルーンとクロは愕然として、竜族の混乱を眺めるしかなかった。

 

「落ち着けぇい!」

 

 カンヘルの怒号が響き渡る。

 

「ティアマットは確かに、ファーブニルが仕留めた! 

 今感じられる奴の気配は、先程までと微妙に違う。

 つまり――」

 

『奴め、分身を用意しておったのか!?』

 

「その通りだ。

 この世に不死身など有り得ぬ。

 いかにティアマットが強大であろうとも、所詮は分身……確実に弱体化しているはず。

 まだ我々にも勝ち目がある。

 すぐさま群れを再編成して、今度こそ奴を討つぞっ!」

 

『オオッ!!』

 

 竜の群れは、ティアマットの気配の出現点に向けて飛び立った。

 それを見送るシグルーンの顔が、瞬時に強張(こわば)っていく。

 

「ちょっと待ってよ……アースガル城の方じゃない!?」

 

 そう、まさにティアマットの気配は、アースガル城から立ち上っていたのだ。

 

「クロ! すぐに城へっ!」

 

『ハッ!』

 

 シグルーンを頭に乗せたクロは、すぐさま竜族の群れの後を追った。

 アースガル城へ向かう彼らの視線の先では、何か巨大な物体が出現しつつある。

 

 最初に現れたのは、直角にそびえ立つ巨大な一対の翼であった。その翼長は100m近い。

 その翼の下に竜の巨体が見える。

 それは通常の竜のように爬虫類的なものではなく、まるで象などの大型哺乳類の如く分厚く重量感のある胴体だった。

 

 その巨体から超重量を支えるのに見合った、大型の陸亀のように短くはある、が太くがっしりとした四肢と、長い2本の尾、そして5つの首が生えていた。

 しかも、その5つの首の内の4つまでもが、リヴァイアサン、テュポーン、ヴリトラ、エキドナの四天王の物に酷似していた。

 あるいはその首が、四天王それぞれの能力を有しているのかもしれない。

 

 更に中心となる5つ目の首――そこは巨大ではあるが、形状は普通の竜のものから大きく逸脱してはいない。

 ただし額から、人間の女性の上半身が生えていた。

 それは先程まで竜族の群れと対峙していた者と、寸分変わらぬ姿である。

 

「ティアマット……!!」

 

 カンヘルの声がわなないた。

 今、目の前に出現した怪物は、只のティアマットの分身ではない。

 彼女から発せられる力の波動は、明らかに本体からそれほど劣らない能力を有しているように見える。

 いや、その姿通りに四天王の能力までも本当に有しているのであれば、以前より更に始末が悪いかもしれない。

 

「あはははははは! 

 元々は人間ながらも、我が血のみならず、四天王全ての血を得たこの身体、意外と悪くない。

 くっくっくっ……。

 命を懸けたファーブニルには悪いが、我が魂の器たる肉体が存在する限り私は不滅――。

 さあ、そろそろ戦いも本番と行こうかのう……」

 

 ティアマットが竜族を嘲笑(あざわら)う。

 その刹那、彼女の5つの首の口腔から、凄まじいまでの魔力が洩れだしはじめた。

 

「いかんっ、奴に(ブレス)攻撃を撃たせては、絶対にいかんっ!!」

 

 そんなカンヘルの怒号を合図に、竜達が一斉にティアマット目掛けて攻撃魔法や息攻撃を撃ち放った。

 彼らもこのままティアマットの攻撃を許せばどうなるのか、それを理解している。

 だからその攻撃は迅速で、そして躊躇(ためらい)が無かった。

 

「ちょっと!? 

 城を巻き込むつもりなのっ!?」

 

 シグルーンが悲鳴を上げるが、一度撃ち放たれてしまった千をはるかに超える竜族の攻撃から城を守ることなど最早不可能だ。

 思わずシグルーンは両目を固く閉ざした。

 長年住み慣れた城と、そこに避難した人々が消え去る瞬間など見たくはない。

 

 だが、竜族の攻撃は途中で軌道を反転し、群れに襲いかかる。

 

「反射だとっ!? 

 空間を歪曲させたかっ!?」

 

 幾つもの凄まじい爆発が、竜の群れに炸裂する。

 それでもさすがは竜族と言うべきか、反射された攻撃をなんとか結界などで対処することには成功した者が大半であるようだ。

 しかし、思わぬ反撃を受けて混乱状態に陥った竜の群れは、ティアマットに更なる反撃を許してしまった。

 

 今度はティアマットの5つの首のそれぞれが、竜族目掛けて息攻撃を撃ち放った。

 その結果竜達は――、

 

 白色の光線によって瞬時に蒸発し、


 渦巻く水流に飲み込まれてひしゃげ、


 眩き幾筋もの雷光に全身を貫かれ、


 腐食性の霧に包まれ腐れ落ち、


 そして、空間を歪ませるほどの超重力の塊に押し潰された。

 

 一瞬にして、2000を数えていた竜の群れは、10分の1近くにまでその総数を激減させる。

 これは壊滅にも等しい。

 

「あはははははははははっ! 

 脆い、脆すぎるっ! 

 これでは遊びにもならぬ。

 私を楽しませたいのであれば、せめて斬竜王でも連れてくるが良い。

 あはははっ、あははははははははははっ!」

 

 ティアマットの勝ち誇ったような哄笑が、この死に満ちた空に不釣り合いの快活さで響き渡っていった。

 

「か……勝てるはずが無い……!」

 

 運良く――そう運良くティアマットの攻撃の直撃を受けることがなかったシグルーンは、愕然として呟いた。

 ティアマットの能力は、あまりにも他者との次元が違う。

 

 おそらく、今回ティアマットの討伐にあたった竜族の数が十倍の規模だったとしても、結果はさほど変わらなかっただろう。

 それどころか、彼女1人の力によって、全世界に何十万と生息する竜族が、一匹残らず滅ばされたとしてもおかしくはない。

 それだけ彼女は強い。

 

 そしてそんなティアマットに対抗できる存在は、最早存在しないに等しかった。

 

「……最早、竜族には未来は無いのかもしれぬな……」

 

 カンヘルは乾いた声音でぽつりと漏らす。

 だが、ここで絶望してはいられない。

 まだ残された手段を尽くさずして絶望する者には、決して奇跡は訪れない。

 だから決して諦めない。

 それは200年前に1人の人間の女性が、命を()して証明して見せたことだ。

 

(ひる)むなっ! 

 我々は全ての戦力を失った訳ではないぞ。

 竜宮に残された全戦力すぐに呼び寄せる。

 まだ、戦いはこれからだっ!」

 

「無駄なことを……」

 

 ティアマットは嘲笑を浮かべ、悠然と翼をはためかせて空に舞い上がった。

 そんな彼女の周囲には、次から次へと竜族が転移して来る。

 その数はすぐさま数千に達する。

 

 しかしこの新たな軍勢も、ほどなくして灰燼(かいじん)と消えることだろう。

 それでも竜達は戦う。

 どのみち、ティアマットを倒さない限り、彼らには未来が無いのだから。

 

 竜達は次々とティアマットへ立ち向かい、そしてその都度(つど)叩き落とされていった。

 やはり、圧倒的に力の差が開いている。

 

 それでも竜達は怯むこと無く戦い続けた。

 それはまるで、時間稼ぎを──あるいはティアマットの注意を、何かから逸らそうとしているかのようにも見えるが、たとえ何か策があったとしても、それが通用すると心から信じている者は、竜族の中にも殆どいないのかもしれない。

 

 絶望的な戦いであった。

 そしておそらくは、そう長い時の経過を待たずして、あっさりと勝敗が決するであろう戦いであった。

 その勝者は何者なのか、それはあえて言うまでもない。

 

「……仕方が無いわね。

 加勢するわよ、クロ」

 

 戦いを眺めていたシグルーンは、足下のクロに向けて静かに言い放った。

 

『勝ち目はおそらくありませんが……?』

 

「別に勝ちたいと思って戦ったことなんて、殆ど無いわ。

 肝要なのは何を守りたいかってことだけよ」

 

『……御心(みこころ)のままに』

 

 クロは軽く苦笑を浮かべ、ティアマットに向けて飛ぶ。

 その頭に乗るシグルーンの顔には、既に覚悟が決まっているのか、微笑みさえ浮かんでいた。

 

「悔いを残さないよう、全力でいくわよ!」

 

『勿論ですとも!』

 

 そして2人は、死しか望めぬ戦場へ身を躍らせた。

 戦いは更に凄惨さを増していく。



 今まさに、10万年もの永きにわたって世界を治めてきた竜の世は、黄昏(たそがれ)(とき)を迎えようとしていた。

 次回から11章です。

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