―すぐ側の死―
今日から更新を再開します。休載中でもブックマークや☆での評価は励みになりました。ありがとうございます。
「ハアッ、ハアッ……」
荒い呼吸──。
メリジューヌは疲労困憊の状態で、たまらずに地面に両膝をついた。
竜巻の結界が破壊された瞬間、辛うじて自分達を防御する結界に切り換えることには成功した。
だが彼女達に襲いかかった凄まじい爆炎の衝撃を耐える為に、残された魔力の殆どを振り絞らなければならなかった。
「殿下、大丈夫ですか!?」
地面に突っ伏しそうになるメリジューヌの身体を、シンが慌てて支える。
「ええ……取りあえずは……。
皆さんもお怪我はありませんね?
しかし……城が……」
無惨な姿へと変わり果てた城を、メリジューヌは見上げた。
城の上部は、えぐり取られたかのように完全に消失している。
城に避難していたはずの人々は、どうなったのだろうか。
「……心配はいりませんよ。
住民達は皆地下へと避難させていますから。
でも、メリジューヌ殿下の結界が破られた以上、私達も地下へ避難した方が良いのかもしれません」
と、アイゼルンデはメリジューヌを安心させてから、気絶しているフラウヒルデを抱え起こして避難準備を始めた。
「あ……くっ……」
「あ、フラウ。
気が付いたの?」
フラウヒルデの目が、かすかに開いている。
しかし意識は、朦朧としている様子だった。
だがそれにも関わらず、彼女は有無を言わさぬ口調で告げる。
「は……はやく逃げろ……!」
「え?」
「はやく──この場から1秒でもはやく逃げろ!
全員死ぬぞっ!!」
フラウヒルデは残された力を振り絞るかのように叫び、そして力尽きたのか再び意識を失ってしまった。
その瞬間、メリジューヌはフラウヒルデの言葉の意味を理解する。
「あ…………!」
凄まじい妖気を感じる。
それもすぐ近くで。
メリジューヌの視線の先で、黒い塊が起き上がった。
「あ、あの爆風でも、焼き尽くされなかったというのですが……」
起きあがった黒い塊は、先程フラウヒルデに斬り裂かれたリチャードの下半身だった。
その腹の断面から、何かがせり上がってくる。
獰猛な唸り声と共に、竜の頭部が――。
「ヒッ……!」
その瞬間、メリジューヌは転移した。
勿論フラウヒルデ達も一緒だ。
1秒と待たずに彼女達の周囲の風景が変わり、地上数mの上空に彼女達は投げ出さる。
当然、直後に地面へと叩き付けられることとなった。
そこはアースガル城から、数kmほど離れた場所だった。
メリジューヌにはあまり細かな転移座標を設定している余裕など無く、結果として空中に放り出されたが、それでもあの場に止まるよりはマシだったと彼女は思う。
もしも転移するのが少しでも遅れていたら、彼女達はどうなっていたか分からない。
いや、フラウヒルデの言葉通り、全員死んでいた公算が大きい。
「で、殿下!?」
シンの悲鳴が上がる。
メリジューヌは倒れ臥したまま、動くことができなかった。
その呼吸は「ゼェ、ゼェ」と荒くかすれたもので、酸素の需要に呼吸器官の働きが追いついていないようだ。
殆ど尽きかけていた魔力を、更に転移の為に振り絞ったのだから無理もない。
最早、彼女の身体は限界だった。
途切れそうな意識の中で、メリジューヌの頭からはある想いがこびりついて離れなかった。
あのリチャードの半身から出現した竜の頭部の、爛々光る双眸と視線が合った時に感じた、あの想いが――。
(……わ、私達は、勝ち目の無い戦いをしているのかもしれません……!!)
『御館様っ、御無事ですかっ!?』
その呼び掛けに、クロの頭の上で蹲っていたシグルーンは顔を上げた。
どうやら巨大な爆発に耐え切ったことに対しての安堵と、結界を維持する為に魔力を大量に消費したことによる疲労感で一瞬の間、放心状態に陥っていたらしい。
「あ……大丈夫よ。
でも……城が……」
シグルーンは思わずうつむいた。
自らの結界でアースガル城を庇いはしたが、それでも城には甚大な被害が生じているようだ。
また、同じく結界で防御をしていたはずの竜族の群とて、明らかにその数を減じており、先程の爆発がどれほど大規模な物だったのかを窺わせる。
それを思い知り、シグルーンは背筋に冷たい汗を伝わせた。
だが、さすがにそれだけ巨大な爆発の中心にいたティアマットの姿は、最早何処にも見当たらなかった。
もっとも、気配は微弱に感じることはできたが、それは残滓のようなもので、未だにティアマットが生き続けているという訳ではないだろう。
無論、それはファーブに対しても、言えることではあったが……。
「くっ……」
シグルーンは口惜しげに呻く。
あまりにも多くの犠牲を出した戦いであった。
その犠牲の多さもさることながら、シグルーンにとってかけがえのない、大切な存在がいくつも失われてしまった。
また、娘達やアースガル城内に避難した人々の安否も、まだ確かめてはいない。
これから彼女は、まだまだ沢山のものが失われたという現実を突きつけられるのかもしれない。
それでも、これで戦いが終わる。
それを純粋に喜ぶことはできないのだろうが、これ以上多大な犠牲が増えることだけは避けられる。
それだけが唯一の救いとなるだろう。
だが――。
巨大な爆発によって一時は統制を失っていた竜族の群も、1分、2分と時を追うごとにカンヘルを中心として再集結する動きを見せていた。
しかしそこから、悲鳴のような報告の声が上がる。
『ティアマットの反応が、急速に増大中!!』
──と。
それは絶望の前触れであった。
親族の葬儀や諸々の手続きはある程度終えて落ち着いてきましたが、場合によってはまた休載することもあるかもしれません。ご容赦くださいませ。




