―友が遺したもの―
襲いかかるギガース。
「!! もういいんだ、ギガース!
もう戦わなくていいっ!」
ラーソエルが叫ぶ。
だが、そんな彼の声もギガースには届いていないのか、動きを止めようとしなかった。
そして更に、ヘカトンケイルも彼らに襲いかかってくる。
傷付いた巨人達でも、その巨体を活かせばただ倒れ込むだけで、ルーフだけではなく、側にいるラーソエルさえも押し潰すことくらいはできる。
そう、このままではラーソエルを巻き込む。
それにも関わらず、巨人達は全く躊躇の素振りを見せなかった。
(なんで!?
ボクが無理矢理戦わせたから?
本当はボクの言うことを聞くのが、嫌だったの!?)
ラーソエルは愕然とし、完全にこの危機を脱するタイミングを見失った。
そんな彼を庇うようにルーフは抱き付き、結界を展開させる。
「ゴメンっ!
君を庇うだけで精一杯だっ!!」
「え……?」
ラーソエルはルーフの言葉の意味するところが分からず、困惑の表情を浮かべた。
その瞬間、巨人達が彼らに覆い被さり、更にその次の瞬間には、轟音と共にアースガル城を包む竜巻の結界が瞬時に崩壊し、爆風が一気に流れ込んで来る。
その凄まじい爆風は、城の上層部をもぎ取るように粉々に破壊して奪い去った。
しかも爆風によっての破壊を免れた物も、恐るべき高熱によって焼き焦がされていった。
やがてたかだか10秒足らずの間に爆風が駆け抜けたその場の光景は、先程までのものとは完全に様相を変えてしまっていた。
アースガル城の上部は、3分の2近くが爆風に削り取られて無惨な姿に変わり果てている。
まるで土台だけが残った──というような有様だ。
また、中庭や城壁の周囲に生えていた樹木や草花は完全に燃え尽き、地面までもが黒く焦げ付いていた。
そしてそれは、ルーフ達がいた場所とて他と大差ない。
ただ、巨大な炭化した物体が、横たわっていること以外には──。
暫くして、ルーフとラーソエルが、その物体の下から這い出してきた。
ようやくそこから抜け出したラーソエルは、茫然とした表情で炭化した巨大な物体を見上げる。
「ギガース……ヘカトンケイル……」
「…………城の外で、何かとんでもなく大きな爆発があったみたいだ……。
彼らはそれをいち早く察知して、僕らを……いや、君を守ろうとしてくれたんだよ。
ゴメン……。
僕も気付いたけど、彼らの分まで結界を作る余裕が無かった……」
「そんな……」
ラーソエルは愕然としたように、焼け焦げた地面に座り込んだ。
それから暫くの間、彼は沈黙を守っていたが──、
「キミ……早くいきなよ。
まだやらなきゃならないことが、あるんだろ……?」
ルーフの方に少しも顔を向けぬまま、ラーソエルは小さく呟いた。
「う……うん」
このままラーソエルを放って行くことに対して、ルーフは少々気が引けたが、この場に彼が留まることをラーソエルが望んでいないことはなんとなく分かる。
彼は身を翻して歩き出した。
しかし10mほど歩いてから、思い出したかように振り返り、呼び掛ける。
「後で色々な遊びを教えてあげるって話……きっと守るからね」
「……うん、楽しみにしている……」
ラーソエルはやはり顔をルーフの方へ向けようとはせず、炭化した巨人達の姿に視線を注いだまま答えた。
それを聞いたルーフは小さく頷き、小走りに駆け出す。
一刻も早く仲間達の安否を確かめなければならない。
やがてルーフの姿がこの場から完全に消えた頃、ラーソエルはぽつりと巨人達の屍を見上げて呟いた。
「……キミ達が命を捨てるほど、ボクに価値なんかあったのかなぁ……?」
それは消え入りそうな、かすれた声だった。
「ボクはキミ達のことを友達なんて言っていたけど……友達として何もしていないよ……?
それどころかボクがこんな戦いを始めてしまった所為で、こんな目に遭って……。
キミ達はボクが殺したようなものだよ?
それでも……キミ達にとってボクは友達だったのかな?」
そんな彼の問いに答える者は、もう誰もいない。
もしも巨人達が生きていれば、
「失敗作として魔界に捨てられた自分達を拾い上げてくれた。
それだけで充分だった」。
そんな答えが返ってきたかもしれない。
あるいは、もっと別な答えが返ってきたかもしれない。
しかしその本当の答えを知ることは、永久に叶わなくなった。
どんなに求めても、絶対に取り返しがつかない。
(これが死というものなの……?)
ラーソエルは約200年もの時を生きてきたが、「死」というものが何なのか、それを初めて思い知らされたような気がした。
先程まで軽く考えていたことが、これほどまでに自身の上に重くのしかかってくることがあるなどとは、思いもよらなかった。
「……ボクはもうキミ達に何もしてあげられないけど……。
キミ達の代わりに新しい友達を助けたら……少しはキミ達への罪滅ぼしになるかな……?」
ラーソエルの問いに答える者は、やはりいない。
「……ねえ、答えてよ!
お願いだから……ねえ!?
ボクはどうすればいいのか教えてよ!?」
やはり答えは無かった。
「うう……うううう~っ」
ラーソエルの目から、大粒の涙があふれ出した。
「うあああああああああ……」
この日彼は、生み出されて初めて泣くという行為を経験し、悲しいという感情を知ったのである。
それから暫くの間、ラーソエルは嗚咽を漏らし続けていたが、それも次第に小さくなっていく。
そして今度は長い沈黙を繰り返した後、彼はゆっくりと立ち上がり、永遠に動かなくなった巨人達を見上げて呟く。
「…………ゴメンね。
……ありがとう」
そしてラーソエルは空へと飛び上がった。
巨人達がそうしてくれたように、大切な友達を守る為に。
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