―四天王の実力―
大きなダメージを受けたヴリトラに対して、ザンは身体のあちらこちらに傷を負いながらも、まだ余裕のある笑顔を浮かべている。
「さっきの火炎竜との戦いを見て、私の能力を判断したんだろうけど……。
あの時は、全然本気を出していなかったからね。
……あまり甘く見るなよな」
『きっ、貴様~!!』
ヴリトラは半ば逆上しつつ、巨木のように太い右腕を頭上高く振り上げた。
それを変身能力の応用で更に2倍、3倍と巨大な物へと膨張させる。
その間わずか2秒足らず。
その巨大化した腕、をザン目掛けて振り降ろした。
「っ!!」
ザンはとっさにその攻撃を躱したが、凄まじい勢いで振り降ろされたヴリトラの腕は、勢い余って大地を叩き割り、膨大な量の土砂を空へと巻き上げた。
それは最早爆発も同然の勢いであり、それに呑み込まれた彼女の身体は、軽々と宙に舞う。
そこへヴリトラの長い尾が、鞭のように唸りをあげてザンに襲いかかった。
「しまっ――ガッ!!」
ヴリトラの尾が、ザンの身体に直撃する。
しかも瘤状に膨らんだ尾の先端部分で、である。
その人間の身体よりも大きい先端部分は、おそらくは数百キロ以上もの重量がある。
そこから繰り出される一撃は、堅固な城塞の壁を打ち破る、破城槌の破壊力をも上回るだろう。
そんな攻撃の直撃を受けたザンの身体は、勢い良く瓦礫の山に突っ込むが、それでもその勢いが減ずることはなかった。
結果、彼女の身体は土砂を巻き上げながら地表を転がり、それは数十mにも渡って続いた。
「ああっ!?」
それ見ていたルーフの悲鳴が上がる。
あの勢いで地面に激突すれば、普通の人間ならば間違いなく即死――それどころか挽き肉になってしまうだろう。
彼の脳裏には、最悪の結末がよぎった。
しかし大地に溝を掘る勢いで激突したザンであったが、斬竜剣士の血を引いている彼女の身体は、並の人間とは比べ物にもならないほど頑丈にできているらしい。
彼女はヨロヨロとふらつきながらも、どうにか立ち上がった。
とりあえずは、直ちに生命に関わるような傷を負っている様子は無い。
が──、
「ぐう……」
やはりザンが受けたダメージはかなり大きいようで、彼女は呻き声をあげつつ顔をしかめた。
もしかすると骨折か、内臓破裂くらいは起こしているのかもしれない。
だとすれば、いくら再生能力があるとはいえ、本来ならまともに戦えるような状態ではないはずだ。
いや、身体を動かすことさえ困難だろう。
「っ!!」
しかし、ザンは酷く傷ついた身体を庇おうともせず、唐突に勢いよく真横へ跳び、地面を転がった。
その直後、先ほどまで彼女がいた辺りの地面から、炎の柱が吹き上がる。
もう1秒でも彼女の反応が遅けれていれば、確実に炎に巻き込まれていた。
事実、彼女のブーツの爪先が、わずかに焦げている。
しかもヴリトラの攻撃はまだ止まってはいない。
ザンが地面を転がる勢いを利用して、起きあがりかけたその瞬間、
「ガッ!?」
彼女のすぐ間近で爆発が生じた。
その爆風によって彼女の身体は地面に叩きつけられ、更に2度、3度とバウンドして、ようやくその勢いは止まる。
「………………!!!!」
ルーフとファーブは息を呑んで、倒れ臥しているザンの姿に視線を注いでいる。
彼女の身体はそれから暫しの間、うつ伏せの状態でピクリとも動く気配を見せなかったからだ。
だが、やがてザンの頭がゆっくりと持ち上がる。
彼女はまだ生きてはいるが、持ち上がった彼女の頭の下からは、相当量の吐血の痕跡が見られた。
『フッ、今のはわざと外した。
簡単に死なれてもつまらぬからな。
貴様の方こそ、この儂を甘く見るなよ小娘がっ!』
「この……!」
ヴリトラの嘲笑混じりの言葉を受け、ザンはしかめっ面をしながら地面から起きあがる。
彼女の身体に受けたダメージは小さくないはずだが、それでも弱気な姿勢は見せない。
「…………確かに弱くはないけどね。
いや、認めよう。
あんたは私がこれまで戦ってきた敵の中でも、1番手強いよ。
でも、やっぱりあんたには負ける気はしないね。
いや、意地でも負けられない。
200年前に、父様の前から不様にも逃げ去ったあんたにだけは、絶対にね!」
『!?』
ヴリトラの顔に動揺の色が走る。
(ま、まさか……まさか……)
ザンの言葉に、ヴリトラはここ200年間、完全に忘れていた感情を呼び起こされた。
それは『恐怖』。
常に恐怖を与える側であった彼へ、逆に恐怖の感情を抱かせた存在が、過去に2つだけあった。
1つは邪竜の支配者であった邪竜王。
現在では邪竜達の間で神格化され、「邪竜大母神」とまで呼ばれるようになった最強の竜。
そしてもう1つは――。
『き、貴様はあの男の――斬竜王ベーオルフの娘だというのかっ!?』
ヴリトラは、かつてこの世で最強だった男の名を口にした。




