―認識の齟齬―
ルーフは沸き上がる不安に耐えることができず、おもむろに立ち上がった。
疲弊しきた肉体はまだ休養を必要としていたが、悠長に休んでいる場合ではないような気がしたのだ。
「取りあえず、メリジューヌさん達と合流しよう」
と、ルーフはその場を後にしようとしたその時、
「ま……待ってよ」
背後からそう呼び掛けられて振り返ると、そこにはラーソエルが上半身を起こして地面に座っている。
「も……もう起きあがれるの?」
ルーフの顔に緊張に強張る。
正直、もうラーソエルの相手をしていられるような余裕は無い。
「う~ん、まだちょっとツライんだけどねぇ。
でも、回復魔法と再生能力を併用すれば、10分くらいで元に戻るよ。
だからちょっと待ってて。
そしてゲームの続きをやろうよ」
「ゲ……ゲーム?」
困惑するルーフ。
どうにもラーソエルの言動に、違和感があるのだ。
「うん、こんなスリルのあるゲームは初めてだよ。
それに負けるとは思っていなかったから、逆転された時は口惜しかったけど、意外性もあってワクワクもしたよ。
凄い面白かった。
もっと遊ぼう!」
(もしかして……)
ルーフは感じていた違和感の正体を悟り、思わず呆けた表情となった。
「もしかして君は……本当に遊んでいるだけなの?」
「? 当たり前じゃないのさ」
不思議そうな表情を浮かべるラーソエルを見て、ルーフは──、
(能力は凄いし、頭も良さそうだけど……。
この子は見た目通り、本当にまだまだ子供なんだ。
善悪の区別がついていないだけなんだ……)
凄まじい脱力感を覚えて、ガックリと肩を落とした。
しかしすぐに気を取り直す。
相手が子供だと分かったのならば、まずはやらなければならないことがある。
「駄目だよ、こんな命の取り合いを遊びだと思ったら!」
それは、間違いを正してあげることだ。
「? 違うの?」
「そうだよ、こんなのは遊びって言わない。
君は遊ぶって言うことが、本当はどういうものなのか全然分かっていないよ。
相手を傷付けるようなことを遊びにしたら、絶対駄目だ!
そんなことに僕はもう、付き合わないよっ!」
「え~っ、そんなのつまらないよ~!
さっきの続きをしようよ~!」
ラーソエルはジタバタと、四肢を振り回して駄々をこねた。
しかしルーフは動じること無く、穏やかな口調でラーソエルに語りかける。
「駄目だよ。
でも後でなら、本当の遊び方を教えてあげるよ。
オモチャを使ったり、かくれんぼや鬼ごっこをしたり。
スポーツや読書でもいいし、もっともっと面白いことを教えてあげるから……。
もしもそれらがどうしても気に入らないのなら、僕なんかよりずっと強い人を紹介してあげるよ。
きっと僕と戦うよりも凄いよ。
だから、今は大人しくしていてよ、ね?」
「う~ん、でも、今遊びたいよ。
今遊ぼうよ、 ねえ! ねえ!」
ラーソエルは一瞬ルーフの言葉を理解を示すかのような仕草を見せはしたが、今は遊びたいという欲求の方が強いようで、また騒ぎ出す。
だが──、
「でも、今すぐ邪竜達をどうにかしないと、僕達はもう二度と遊べなくなるんだよ!?」
突然ルーフが必死の形相で叫んだので、ラーソエルは目を大きく見開いて押し黙った。
ルーフも穏やかにラーソエルの説得を試みてはいたが、内心では凄まじい焦りを抱えていた。
彼の内では喪失感と不安感が、ひたすら増大を繰り返している。
それがついに抑えられなくなったのだ。
「もしもこのまま邪竜王を倒すことができなかったら、たぶん僕らは全員死んじゃうんだよ。
誰もいなくなったら、君は誰と遊ぶの!?
凄く寂しくて悲しいことになるよ。
だからそうならないようにする為にも、お願いだから君は大人しくしていてよ!」
そんなルーフの言葉に、ラーソエルは逡巡する。
しかし──、
「でも……君達は、たぶんティアマット様には勝てないよ?
だったらキミがボクと遊べるのは、今だけだ……」
「……っ!」
そんなラーソエル言葉を受けて、ルーフは右手をラーソエルに向けて突き出し、攻撃の構えを取る。
「……どうしても僕の邪魔をするのなら、僕は君を完全に動けなくしてでも行くよ。
まだ回復し切れていない、今の君が相手なら難しくはない」
強い決意に満ちたルーフの視線を受けて、ラーソエルは何も言えなくなった。
だが、彼はルーフの言葉に納得した訳ではない。
ルーフの必死な想いは、少しだけラーソエルの心に響いてはいたが、このまま彼を行かせたら、もう二度と戻って来ないかもしれない。
それならば、全力をもって彼を止めるべきではないだろうか。
そしてティアマットに頼み込めば、彼1人くらいの命なら助けてもらえるかもしれない。
「……あのさ」
ラーソエルが今心に思い描いたことをルーフに伝えようとしたその時、彼はルーフの肩越しに巨大な影が立ち上がるのを見た。
「ギガース、生きていたんだ!?」
「ああ……もしも君に操られて、嫌々戦っているのなら可哀想だと思って、手加減しておいたんだ」
そんなルーフの言葉通り、ギガースに続いてヘカトンケイルも起きあがった。
彼らは傷付いた身体をおして、再びルーフに迫ってくる。
「……でも今度は、さすがに手加減できないかもしれないよ。
どうするの?」
「………………」
ラーソエルは呆けたように、ルーフの顔を見つめていた。
そして彼は、半分諦めたような表情で口を開いた。
「分かった、分かったよ。
キミの好きなようにするといい。
……ギガースとヘカトンケイルのことは、思ったよりも嬉しかったから……。
キミの言うことを聞いてあげる」
その言葉はなげやりながらも、彼自身は何処か安堵しているかのように微笑んだ。
もっともそれは、「自分にこんな他者の安否を気づかうような感情があったのか」とでも言うかのような、戸惑いの入り混じったぎこちないものであったが。
それを見てルーフは微笑み返した。
このラーソエルという少年は、決して悪い存在ではない。
ちゃんと物事の善し悪しさえ教えてやれば、沢山の人々を助けることができる存在となるだろう。
そしてその手の教育は、頼まなくてもシグルーンあたりが嬉々として徹底的にやってくれるに違いない。
……ちょっと可哀想な気もするが。
「それじゃあ、僕は行かせてもらうよ。
君達は何処か安全なところで待っていて。
全部終わったら……え!?」
ルーフの言葉が途切れたその瞬間、ギガースがルーフ達に覆い被さるように襲いかかってきた。




