―弾かれる結界―
結界による攻撃と防御を同時に行うことならば、ルーフにとってはさほど難しくはない。
状況に応じて結界を的確に操っていけば、巨人達も脅威にはならないだろう。
(それにこの結界を攻撃に応用すれば、魔法の効かないあいつにも通用するかもしれない……!)
ルーフはこの戦いに、光明が見えてきたような気がした。
だが、まずは巨人達だ。
「!!」
ギガースがルーフ目掛けて、突進してきた。
しかし今度は、ヘカトンケイルの時と同様の手は使えない。
先程は結界との衝突面が拳という狭い範囲だったからこそ、そこに衝撃のエネルギーが集中して有効なダメージと成り得たが、今度はギガースの巨体全体である。
どうしても力が分散してしまう。
ダメージが皆無ということは無いにしても、あまり効果は期待はできない。
それに一旦目の前で使われた手段を、ギガースが全く警戒していないということはまず有り得ない。
衝突の瞬間、結界で防御を行うくらいのことはするかもしれない。
だからルーフは、単純な結界による防御を試みた。
いや――、
ルーフを包んだ結界は、ギガースの体当たりの直撃を受けて大きく弾き飛ばされた。
軽く20m以上は飛んでいるだろう。
「?」
それを見てラーソエルは、怪訝そうに首を傾げる。
ギガースの体当たりがいかに強烈だったとは言え、あまりにもルーフの結界が飛び過ぎているからだ。
本来、結界は展開したその場からなるべく動かないように、固定するのが常識である。
何故ならば、いかに強力な結界とはいえ、外部からの力の干渉を完全に遮断できる訳ではないからだ。
たとえば、通常では常に術者は結界の中心に位置するが、度を超えた力が結界に叩き込まれた場合、それによって結界が歪み、術者が中心からずれることがある。
そうなると最悪、術者は結界の壁に激突し、大きなダメージを被りかねない。
また、もしも結界ごと空中高く放りあげられて、地面に叩きつけられたりすれば、それだけでも結構馬鹿にならない衝撃が内部に伝わるし、水の中に落とされれば、結界を解除した途端に溺れてしまうことにもなる。
更にギガースやヘカトンケイルほどの巨体を持つ者ならば、結界を持ち上げて勢いよく振り回し続けるだけでも、遠心力によって結界内の術者に致命的なダメージを与えることが可能だろう。
つまり結界を、外部からの力によって動かすことができるということは、それだけ内部にダメージを与える手段が増えてしまうことを意味していた。
だから結界は、それを形作る術者以外の力によって動かされるような事態は、なるべく避けた方が賢明なのである。
それでもルーフは、結界をあえてその場に固定しなかった。
確かにギガースの体当たりを正面からまともに受け止めるよりも、力の流れに逆らわず受け流した方が――つまりは自ら弾き飛ばされた方が、結界内に伝わる衝撃は少なかったかもしれない。
だが幸いルーフの結界は、なんの障害物にも衝突することもなく地面に着地したものの、もしも城壁などの何らかの物体に突っ込んでいたとしたら、受けたダメージはギガースの体当たりをまともに受け止めた時と、さほど変わらなかったという可能性も否定できなかった。
彼の行為が、危険な賭けであったことには変わりはないのだ。
しかしルーフは、そもそもダメージの軽減だけを狙って結界を固定しなかった訳ではなかった。
彼の狙いは他にある。
「ふ~ん、頭良いね、あのお兄ちゃん」
ラーソエルはルーフの意図を読み取り、そして笑った。
本来ならば笑っていられるような状況ではない。
彼の予想が正しければ、あと十数秒も待たずに反撃が来るだろう。
「お手並み拝見といきましょうか」
だが、それでもラーソエルは余裕の笑みを絶やさない。
「集え我が光の友よ!」
ルーフが呪文詠唱を開始する。
ギガースに大きく弾き飛ばされたおかげで、巨人達との間合いが広がった。
これで巨人達が間合いを詰めてくるまでの、わずかな時間を攻撃に専念することができる。
もっとも巨人達の次の攻撃が来るまでには、あと10秒程度の時間しかないだろうが──。
「汝、我が魔力を糧として古き皮を脱ぎ捨てよ。
新たなる其の姿は、天翔ける眩き大蛇――すなわち雷光なり」
ルーフの右手に光が、蛇の如く巻き付いていく。
それは幾重にも折り重なり、やがて彼の腕は光の槍と化した。
が、その時には既に、ギガースとヘカトンケイルがルーフの間近に迫っていた。
今、彼が魔法を発動すれば、彼自身もその破壊の渦に巻き込まれる。
いや、それ以前に、彼の魔法が十分な威力を発揮できるようになるまでには、まだいくばくかの溜めが必要だ。
しかも、攻撃態勢に入っている今のルーフには、満足に防御できる余裕はないだろう。
最早結界による反撃が無いことを見越してか、巨人達は頭上高く拳を振り上げ、そして渾身の力でそれを振り下ろす。
「惜しくも間に合いませんでした……という訳じゃないよね?」
ラーソエルが更に楽しげに笑った。
その瞬間、ギガースとヘカトンケイルが振り下ろした拳が、ルーフを押し潰した──かに見えた。




