表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
348/430

―生き残る意思―

 竜達にも自らの命よりも、大切な何かがあるのかもしれない。

 その為に命を懸けて戦うのはいい。

 だが、最初から死を覚悟して戦うのは駄目だ。

 

 確かに死をも恐れない者は強い。

 いや、怖いと言うべきか。

 自身の安全にも頓着しないから、どのような無謀なことでも平気でやる。

 やられる側にしてみれば、それはとてつもない脅威だろう。

 それはシグルーン自身が、先程の邪竜族との戦いで実感している。

 

 だが、それでもシグルーンは、生きようとしている者よりも弱いと思う。

 人が生きようとする意思――そこには大きな力がある。

 生きることは決して生易しくことではなく、幸せで穏やかな時ばかりではない。

 

 時として地獄であり、戦いでもある。

 それでも生きようと――その命ある限り戦い続けようとする覚悟は、死の覚悟よりも強い。

 いや、そうでなければ、生きる力と成り得ない。

 

 竜達の死の覚悟と、200年もの時を越えて蘇ってきたティアマットの生への執着――そのどちらが強いのか、それは言うまでもない。

 それに竜達は既に死を覚悟して――つまり負けることを覚悟している。

 ある意味最初から勝つつもりがないのだ。

 

 それはティアマットとの、あまりにもな絶望的な実力差故なのだろうが、そのような心持ちの者達が、果たして如何(いか)ほどの能力(ちから)を発揮できるのだろうか。

 既に絶望している者の力など取るに足らない。

 生への執着も、勝利への執念も持たない者には戦う資格すらない。

 たとえ戦っても、多くは生き残れはしまい。

 しかも犬死にだ。

 

 シグルーンはそう考えている。

 

「この戦い、今のままのあなた達に、任せる訳にはいかないわ……! 

 戦うのなら、生き残るつもりで戦いなさい! 

 死ぬつもりで戦うなんて、絶対許さないわっ!」

 

 シグルーンは叫ぶ。

 それは竜族に対する非難からではない。

 願いから来るものだ。

 彼女はもう誰にも死んで欲しくはないのだ。

 

「何の為にリザンが命懸けで、邪竜王と戦ったと思っているの!? 

 これ以上犠牲を増やさないようにする為のはずよ。

 あの()の気持ちを無駄にするようなことは、絶対に許さない!!」

 

「…………」

 

 その言葉を受けて、カンヘルは小さく頷くしかなかった。

 

「……あなたの言葉は、しかと心に留めておこう……。

 しかしティアマットが命を惜しんでいて、勝てるような相手ではないことも理解してもらいたい。

 だが……生きる努力はする。

 ……これで、そこを通してくれるかな?」

 

「まだ、駄目だな」

 

 シグルーンが返事をする前に、その背後から返事が返ってきた。

 

「「「ファーブニル(様)!?」」」

 

 シグルーンの背後からファーブが姿を現した。

 その接近を感じさせないほど、唐突な出現だ。

 

「あんた達にはこの戦いは任せられない。

 ……っていうか、俺(ひと)りで十分だ。

 ここは俺にやらせてもらおう」

 

「馬鹿な、相手はあのティアマットだぞ!? 

 それこそ死にに行くようなものだ!」

 

 カンヘルは声を荒らげた。

 ティアマットに単身で挑んで勝てる者など、おそらく今のこの世には存在しない。

 ファーブの言葉は無謀もいいところだ。

 

「まあ……俺も今更命は惜しくないが……。

 だが、あんたらが束になって邪竜王にかかるよりも、勝算がある。

 だから提案しているんだ。

 それにあんたらに、何もするなという訳でもない。

 俺に秘策があるんだが、乗らないか?」

 

(ファーブニル様……)

 

 シグルーンが見る限り、ファーブの顔には並ならぬ覚悟の色があった。

 おそらく目の前でザンを失った彼にとっては、その仇を討つ役目は何者にも譲れないのだろう。

 たとえそれが、ザンの身内であるシグルーンにさえも。

 200年近い時間(とき)をザンとともに過ごしてきた彼と彼女の間には、血よりも強い絆があるのかもしれない。

 だからこそ、命を懸ける覚悟がある。

 

 それでいて、ファーブの顔には、確かな自信の色も見える。

 ティアマットを確実に倒す(すべ)が、本当にあるのかもしれない。

 カンヘルは暫し無言でファーブの顔を見つめていたが、やがて静かに口を開く。

 

「言ってみろ……」

 

 そんな彼の口調は、他者に頼らざるを得ない自分達の、不甲斐無さを嘆いているようでもあった。


 


「…………結局、数の力に頼るか、ファーブニルよ」

 

 ティアマットはわずかに失望したような口調で呟いた。

 今、彼女は無数の竜に取り囲まれつつある。

 じきに彼女へと向けて一斉攻撃が始まるだろう。

 

 それはティアマットの能力をもってすれば、どうにでもなる。

 ただ、気になるのは彼女を取り囲む竜の群れの中に、ファーブの姿が見えないことだ。

 

(まさか、逃げたとは思えぬが……。

 おそらく……この竜族は囮じゃな。

 何処(どこ)ぞに身を隠して、我が不意を突こうという魂胆であろうが……。

 そのような手で、私をどうにかできると思うておるのか……)

 

 ティアマットは嘲笑めいた笑みを浮かべた。

 

「どのみち、すぐにケリはつく。

 我が不意を突けるほどの、(いとま)があれば良いがのぉ……」

 

 ティアマットの身体から、膨大な魔力が溢れ始める。

 彼女にとっての本当の戦いは、今これから始まろうとしていた。


 


 ファーブは空高く舞い上がっていた。

 いや、まだだ。

 彼は更に更に高く上昇する。

 やがて彼の周囲にからは、一切の音が消え、そして下方の青い世界を除いて、周囲の全てが星空に変わった。

 

 大気も無く、そして温度すらも無いに等しい死の空間――そこにありながらも彼は、悠然と眼下を見下ろした。

 今やはるか彼方に小さく見えるが、しかし広大な大地の中に、彼の第3の眼は倒すべき敵の姿を確かに見ていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ