―水の牢―
「ファーブニル様っ!
雑魚はあらかた片付けました。
ここは私に任せて、早くリザンの所へ行ってくださいっ!!」
そのシグルーンその呼びかけを受けて、
「頼むっ!」
ファーブは躊躇《ちゅうちょ》なく、ザンのいる方角を目掛けて飛ぶ。
シグルーンにリヴァイアサンの相手をさせるのは少々荷が重いのかもしれないが、今はザンの救出の方が急務だ。
彼女の生命の気配が急激に小さくなっていることを、彼は感じ取っていた。
しかしファーブの前には、リヴァイアサンが立ちはだかっている。
それでも彼は直進を続け、そのままでは激突も避けられないかのように思われた。
それはリヴァイアサンの巨体ならばともかく、ファーブには少々厄介なダメージとなるかもしれない。
──が、ファーブは速度を落とすどころか、更に上げた。
そしてまさにリヴァイアサンに突っ込もうとしたその時、衝突の衝撃を予想して身構えていたリヴァイアサンの目の前から、彼の姿が唐突に消え失せる。
『!?』
一瞬リヴァイアサンは、完全にファーブの姿を見失った。
そして気付いた時には、その姿は彼女のはるか後方だ。
『短距離瞬間移動かっ!?』
リヴァイアサンがファーブの後を追おうと身を翻したその刹那、彼女の背に凄まじい衝撃が炸裂する。
『ガっ!?』
「私のことを忘れてもらっては、困るわね」
リヴァイアサンが振り返ると、そこにはシグルーンが不敵に笑っていた。
その周囲には直径5mはあろうかと思われる、エネルギーの塊が十数個ほど浮遊している。
「ゆけっ!」
シグルーンの号令を受け、エネルギーの塊は次々とリヴァイアサンに襲いかかった。
その一撃一撃はシグルーンが持つ最高位の攻撃魔法、「極大烈破」には及ばないものの、連鎖的に爆発することによる相乗効果の威力は、「極大烈破」をも上回るかもしれない。
『く……!』
間断なく続く爆発の衝撃に、さすがのリヴァイアサンも苦痛の呻き声を上げた。
だが、耐えられぬほどではない。
だからリヴァイアサンはその攻撃を無視して、シグルーン目掛けて突進を開始する。
こうなるとシグルーンも、攻撃を中断せざるを得なかった。
そうしなければリヴァイアサンの攻撃が云々よりも、標的が近すぎて自ら放った攻撃に自身も巻き込まれてしまいかねないのだから──。
「この……!」
攻撃の継続を諦めて回避行動に移ったシグルーンは、危なげなくリヴァイアサンの突進を回避した――かに見えた。
「!?」
だが気が付けば、シグルーンの周囲は悉く水で埋まっていた。
直径数百mもの巨大な水塊を、リヴァイアサンが何処かから召喚し、彼女を包み込んでいるのだ。
(馬鹿な、この一瞬の内に!?)
シグルーンは驚愕する。
たとえ大気中に含まれる水分を集めるにしても、こんな大量の水を瞬時に集めることなど不可能だ。
また、何処か遠い湖などから転移させてきたとしても、一瞬で移動させられるものではない。
となれば、考えられることはただ1つ。
(あれか……)
先程までリヴァイアサンの周囲を、竜巻のようにうねっていた水流である。
それが今は1つも見当たらない。
恐らく彼女は、その水流を短距離瞬間移動させることによってシグルーンを捉えたのだ。
ともかくこれで、シグルーンにとって非常に不利な状態になった。
周囲が水で囲まれているので、下手に魔法攻撃をしようものなら術が発動した瞬間に周囲の水と接触し、彼女の間近で炸裂してしまう。
少なくとも術の余波が水を通して、彼女に襲いかかることは間違いなかった。
しかもちょっとした湖に匹敵する水量に包まれているので、いかにシグルーンが放った魔法でも、この水の壁を突き抜けてリヴァイアサンに届くまでには、その威力も大幅に減じてしまうだろう。
そんな攻撃ではおそらくリヴァイアサンには、毛ほどの傷も付けることはできない。
また、問題は攻撃面ばかりに限ったことではない。
もしもリヴァイアサンがこの水に電流を流しでもすれば、シグルーンには回避のしようがなかった。
いかに水中では電流が分散して、その威力が極端に弱まるとはいえ、それでも人間に対して致命的な結果を引き起こさないとは断言できない。
それ以前に、このままでは呼吸すらもままならないのだ。
(早く脱出しなくてはっ!!)
シグルーンは、1秒でも早く、この水の牢から脱出しなければならなかった。




