―詫 び―
ガキンと、甲高い金属音──。
「…………!!」
信じがたいことに、ティアマットはザンが放った斬撃を無防備に首筋で受け、しかも何事もなかったかのように弾き返した。
それでいて彼女の首には傷1つない。
(硬い…… 分子密度を圧縮しているのか……?
いや、この身体中の入れ墨そのものが、結界の働きをしているのか……)
初めてティアマットを捉えた斬撃は、なんら効果を示さなかった。
しかしそれでもザンは怯まず、更に攻撃を続ける。
だが、やはり刃はティアマットの皮膚に全て弾かれてしまい、何の成果も得られなかった。
「あはははは、そなたがいかに剣を振るおうが無駄じゃなぁ。
少しは工夫して見よ、このままでは単調過ぎて飽きてくるわ」
「言われなくても……!」
ザンは剣を振り上げ、言葉を紡ぐ。
「斬竜剣士ザンの名において命ずる。
汝、我が呼びかけに応じ、その封じられし力を解き放て!」
ザンが読み上げた剣の抑制機能の解除鍵に反応して、斬竜剣が凄まじい勢いで力の波動を放つ。
その剣から放たれる斬撃は、先程までとは明らかに威力の桁が違うものとなるだろう。
だが、それでもティアマットは、平然とその斬撃を身体で受け止めた。
二撃、三撃とザンの攻撃は続くが、やはり目に見えた効果は見られない。
「その程度か?」
ティアマットが無造作に放った平手が、ザンを軽々と吹き飛ばした。
しかしザンは、叩きつけられた地面から瞬時に跳ね起き、すぐさま攻撃の間合いを詰める。
その間、2秒とかからない。
「呆れるほどタフで、速く、そしてしぶといのう……。
だが、全て無駄じゃ」
「無駄かどうかなんて、あんたが決めるなっ!!」
そんな叫びと共に繰り出されたザンの斬撃に、ティアマットは目を見開いた。
「な……?」
茫然としたティアマットの頬には、小さく血の筋が生じている。
「私だって、まだ全部出しきった訳じゃないっ!」
そしてティアマットの身体には、ザンが剣を振る度に紅い筋が刻まれた。
それは小さなナイフで斬りつけたよりも、微々たる傷に過ぎなかったのかもしれないが、確実に彼女へとダメージを与えている。
だが――、
「……放出された力を剣の切っ先に集中させることによって、威力を上げたか……。
小手先の技よな……」
ティアマットは何事も無かったかのように冷静だ。
しかしザンとて、その態度に動じた様子はない。
「小手先か。
だが斬竜剣ほどの膨大な力を一点に集中して突きいれば、いかにあんたの頑強な身体だって貫けないことも無いと思うけど……?」
そんなザンの言葉に、ティアマットは楽しげに笑う。
「あははは……わざわざ口に出すとは、余程の自信があるようじゃな。
なるほど……確かにそなたの本気の動きには、私もついていけないのも事実。
確実に決めることができるという、確信有りか」
「ああ!」
ザンは不敵に笑う……が、その笑みも瞬時に引いた。
ティアマットの表情が一変したからだ。
いや、顔には先程までと変わらぬ笑みが、今も張り付いている。
だが、そこに含まれる邪気が、桁違いに上がった。
「くっくっくっく……」
ティアマットは小さく含み笑いを始めた。
「あはははははは…………」
そしてそれは、
「あーっはっはっはっはっは――――っ!」
狂ったような哄笑に変わる。
しかし彼女は唐突にそれを収め、笑顔を崩さぬまま一言。
「──済まぬ。
詫びよう」
「……?」
ティアマットの言葉の真意を測りかねて、ザンの眉間が胡乱げに歪められた。
その瞬間――、
──――ドンっ!
「……っ!?」
唐突に衝撃を受けて、ザンは転倒した。
いや、衝撃を受けただけならば、彼女は体勢を立て直すこともできただろう。
しかし衝撃から生じた結果は、それを許さなかった。
なにせ彼女の左足は、膝の辺りから下の骨が、粉々に砕かれていたのだから――。
「私を倒せると、叶いもしない希望を抱かせてしまうとは、少々手を抜きすぎていたようじゃ。
詫びに少しだけ私の、本気を見せてやろう」
ティアマットは、凄惨な笑みを浮かべた。




