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―足止め― 

「馬鹿っ! 

 先走り過ぎだろっ!」

 

 ファーブの悲鳴じみた叫びが、周囲に響き渡る。

 それが何を意味するのか分からず、シグルーンは慌てたようにキョロキョロと周囲に視線を泳がせた。

 そしてこの戦場からかなり離れた位置に、ザンの姿とそれに対峙する金髪の女の姿を発見する。

 

「リザンちゃん……帰ってきていたのね。

 でも……あの女性(ひと)は一体……?」

 

 ザンと対峙する女から発せられる、ただならぬ気配にシグルーンの表情は強張(こわば)る。

 

「邪竜王だ……」

 

「あれが……!」

 

 ファーブの言葉にシグルーンは慄然とした。

 だがファーブの次なる言葉が、更に激しく彼女を慄然とさせる。

 

「今のザン独りでは、絶対に勝ち目が無い!」

 

「で、では、ここは私に任せて、ファーブニル様はリザンの援護にまわってください」

 

「大丈夫か?」

 

 ファーブは戸惑いつつ問う。

 彼らを包囲する邪竜の数は、もう百にも満たない。

 だがたとえ1匹でも、絶望的な脅威となり得るのが竜である。

 しかし、シグルーンは笑う。

 

「今、どちらが危ないのかは、言うまでもないでしょう?」

 

「……分かった、ここは任せる」

 

 と、ファーブがザンのもとへ向かおうとしたその刹那、

 

「……!?」

 

 彼の進路に壁が立ちはだかった。

 否、数百mを超える巨大な竜が、突如彼の前に出現したのだ。

 

「リヴァイアサン!?」

 

「え……でもその竜は死んだはずでは……?」

 

 シグルーンの顔に困惑の色が浮かんだ。

 実のところ数ヶ月前にアースガルを襲い、そして謎の爆発に飲み込まれて死亡したリヴァイアサンの死体を処分したのは彼女自身である。

 

 竜の血が他の生物に与える影響などを考慮して、その死体を放置することは得策ではない──と、処分に乗り出したシグルーンであったが、彼女の超絶的な魔力をもってしてもなお、あの巨体を完全に消滅させるのにはかなりの苦労を強いられた。

 しかしだからこそ、シグルーンにとってリヴァイアサンの死は疑いようのない事実であり、魔術によって死体を操られている可能性もあり得ないと断言できる。

 

「いや……リヴァイアサンと呼ばれる竜は、実際には2人いる。

 あいつはその片割れ……前にアースガルを襲った奴の妻にあたる存在だ。

 夫の仇を討ちに来たって訳か……。

 たぶん、夫よりは強くはないはずだが……簡単にここを通してくれるほど、甘い相手でもない……」

 

 ファーブの顔には、明らかな焦りの色が見て取れる。

 事実リヴァイアサンは、この場においてティアマットに次ぐ脅威だと言っても過言ではない。

 数ヶ月前のリヴァイアサンの襲撃の際も、何者かが――おそらくはベーオルフがリヴァイアサンを倒していなければ、間違いなくアースガルは滅んでいただろう。

 少なくともシグルーンにもザンにも、為す術はなかった。

 

 そんな倒すことすら困難な敵を前にしては、いかにファーブとてザンの加勢に向かうことなどできなかった。

 このリヴァイアサンを無視すれば、たとえザンを助けに行くことができても、その代わりにシグルーンは勿論、果てはアースガル城に残る者達が全滅に追い込まれかねない。

 

 そんなファーブの危惧は、このままでは現実となる。

 リヴァイアサンの周囲では、幾本もの水流が竜巻の如く渦巻き、徐々に巨大化していった。

 その水流がアースガルの城を襲えば、メリジューヌの結界もさすがに耐えられないだろう。

 

 しかし今、リヴァイアサンと戦うことは、本当に得策なのだろうか。

 仮に勝利することができたとしても、果たしてティアマットと対決できるほどの余力が残っているかどうか――。

 それどころか駆けつけてみれば、既にザンの命が無くなっている可能性だって有り得る。

 現状は可能な限り力を温存し、かつ1分1秒を争うのだ。

 

 だが、誰も傷つかずに済む選択肢は残されてはいなかった。

 どの道を選んだとしても、犠牲は避けられないだろう。

 

「仕方がない! 

 リヴァイアサン(こいつ)は俺が引き受ける。

 シグルーンは他の邪竜を殲滅してくれ」

 

「し……しかし」

 

 シグルーンの表情は、決して納得してはいなかった。

 それではザンはどうなるのか――と、非難にも似た感情に彩られている。

 

「だが、お前1人ではリヴァイアサンや、他の邪竜共を食いとめられないだろう? 

 もしもお前達に何かあったら、俺がザンに殺されるからな……。

 今はザンが1分でも長く耐えてくれることを、期待するしかない! 

 それに俺だって、いつまでも待たせるつもりは無い!」

 

 その言葉が終わらない内に、ファーブはリヴァイアサン目掛けて高速で飛んだ。

 そう、今はあれこれと考えている暇など無い。

 彼らにとるべき道はただひたすらに戦い、一刻も早く障害を排除することのみだった。

 そしてシグルーンも意を決したように表情を引き締め、邪竜の群に向かって飛ぶ。

 

雑魚(ざこ)を片付けたら、すぐ助けに行くからねっ!)

 

 シグルーンの掲げる斬竜剣は、獲物を求めているかのように(あか)く輝く。

 次の瞬間には数匹の邪竜が斬り裂かれて、地に落ちた。

 この調子であれば、ザコを掃討するまでには、数分とかからないかもしれない。

 だが、それでもシグルーンには、1分1秒の時の流れが惜しかった。

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