―斬 る―
ブックマーク・☆での評価をありがとうございました!
炎の照り返しを受けて、彼女の銀髪は紅く染まっていた。
彼女――ザンが転移魔法の能力を秘めた指輪によって、遠く離れたバルカンの島より一瞬で跳躍し、このアースガルに到着したのはつい今し方のことだ。
が、それから暫しの間、彼女は茫然と立ち尽くしていた。
アースガルはザンにとって、今や故郷にも等しい。
その故郷にいざ帰還してみれば、そこには見覚えのある風景は何1つ残ってはいなかった。
街や山々は炎に包まれ、城も竜巻のようなものに覆われていて、中の状況が全く分からない。
空には未だ無数に舞う邪竜達を相手に、ファーブとシグルーンが激戦を繰り広げていた。
この戦いが終わらぬ限り、まだまだこのアースガルの風景は崩壊していくだろう。
「……許せないっ!」
ザンはいきなり猛スピードで駆けだした。
目指すはアースガル城でも、邪竜の群でもない。
今この場所に向けてゆっくりと迫りつつある、巨大な気配――おそらくはティアマットに向けて彼女は走る。
もしもティアマットが本格的に動き出したのならば、アースガルの状況が更に悪化することは間違いなく、だから全てに優先してティアマットの侵攻を食いとめようという訳だ。
いや、彼女がティアマットとの対決に臨むのは、何もアースガルの崩壊を食い止める為だけではない。
ならばティアマットに奪われた父の身体を取り戻す為か――それもまた理由の1つ過ぎなかった。
ザンがティアマットに立ち向かう本当の理由は、ティアマットが引き起こした流星雨によって、何百万、何千何万というおびただしい数の「自分」が生まれてしまったからだ。
バルカンの島で剣の修理が終わるまでの間、ザンは遠見の水晶によって世界各地の現状を為す術も無く眺めていた。
流星の落下によっていくつもの都市が壊滅し、一体どれだけの数の人間が死んだのか、想像すらできない。
だがそれでも、生き残った人々は確実にいる。
しかし生き残ってしまったことによって生まれる絶望を、ザンは知っている。
果たして独り生き残ることに、なんの意味があるのだろうか。
残された者にあるのは、孤独と悲しみと絶望、そして理不尽に大切なものを奪われたことに対する怒りしかない。
だから笑うことも、未来を夢見ることもできない。
ただ、癒やされぬ心を抱えて、苦しみ続けるしかない。
それならばみんなと一緒に死んでいれば、どれほど楽だったろうか――こんな苦しみを知らずに逝けたのならば、死もまた救いであろう。
かつてのザンは、そう考えたことすらある。
勿論、現在のザンは今生きていることに対して幸せを感じているし、命を救ってくれた母にも感謝している。
だが、それでもあの絶望は、一生忘れられないだろう。
あの絶望から抜け出すまでに、どれだけの地獄をくぐり抜けてきたのか、その苦しみは決して忘れられないだろう。
そんなかつてのザンと同じ境遇の人々が、今この瞬間にも生まれ続けている。
それが彼女には許せなかった。
彼女は誰よりもその苦しみを知っているからこそ、誰かに同じ想いをさせたいとは思わないのだ。
だからザンが戦うことで、かつての彼女と同じ苦しみを抱える人間を1人でも減らすことができるのならば、彼女は命を懸けて戦ってもいいと思っている。
たとえそれが、絶対に勝ち目の無い相手だったとしても――。
「邪竜王~っ!!」
ティアマットの姿を視認してザンは叫ぶ。それを受けて、ティアマットは少し意外そうに笑った。
「ほう、性懲りもなくまた現れたか。
そなたと私の力の差は、よく分かっておろう?」
そんなティアマットの言葉にザンは応えず、ただ怒りに震えた荒い息を吐きつつ、ティアマットを睨み据えている。
「……そなたは、私をどうしたいのじゃ?」
「……斬る!」
ザンは怒りを満ちた声音で言い放った。




