―何の為の―
「あの小僧といい……どいつも、こいつも……!!」
リチャードはフラウヒルデの挫けぬ信念の中に、かつての自分自身を見て心を苛立たせた。
そして、大きく右腕を振り上げ──、
「いい加減に諦めろ!
この俺の能力の前には、貴様の勝ち目など万に1つも無いことがまだ分からんのかっ!!」
勢い良く振り下ろす。
最早歩くこともままならないフラウヒルデは、焔天を振り上げ、その斬撃を受け止めることしかできない。
その結果――、
「ぐぅ……っ!!」
彼女の身体を焔天ごと地面に叩きつけられる。
それは既に、防御とは言えないものだった。
「フラウ!!」
アイゼルンデの悲鳴が上がる。
が、意識こそ回復したものの、彼女の身体も酷く傷ついている。
それ以上は何もできなかった。
いや、たとえ身体が万全な状態でも、リチャードを相手にしては何もできはしないだろう。
そして、それはメリジューヌとて同様だ。
そんな彼女達に対してリチャードは、言い聞かせるように声を張り上げる。
「見ろ! 俺が少し撫でてやればこのザマだ!
簡単に倒れるではないかっ!
貧弱な小娘がどう足掻こうが、俺に勝つことなど有り得ぬ。
貴様らは全員死ぬっ!!」
「く……」
最早、この戦況が覆ることがあるとは、リチャードは思っていない。
メリジューヌ達だってそれを認めざるを得ない。
それだけ彼の能力は絶大だった。
だが――、
「ふ……ざけるな!」
地にフラウヒルデを叩き伏せていたリチャードの刃は、わずかに持ち上がる。
フラウヒルデが手にした焔天の刃が、押し返しているのだ。
「貴様……まだっ!?」
「傲るなよ…… 私が半死半生と侮って放った剣で、我が身体は折れても精神は折れぬ!」
更にリチャードの刃が押し返される。
彼を仰ぎ見るフラウヒルデの顔――そこからは、まだ闘志が消えてはいなかった。
(ど……何処にこれだけの力が……!?)
リチャードわずかな動揺を顔に浮かべた。
傍目にはフラウヒルデの身体は、戦えるような状態には見えない。
それでもなお衰えぬ彼女の気迫は、彼を怯ませるには充分だった。
あるいは本当にその精神までも折らなければ、フラウヒルデは決して倒れないのかもしれない。
そして最後には、自身を越えていくのではないのか――そんなリチャードの内心の脅えを見透かしたかのように、フラウヒルデは不敵に笑い、そして問う。
「……貴様、それだけの能力を得てなんとする?」
「…………!!」
その突然の問いに、リチャードは返答に窮した。
何をする?
そんなことは決まり切っている。
ただこの巨大な力を用いて、己のエゴを満たすだけだ。
だが、己のエゴとはなんだ?
自分は一体何がしたいのか、それがリチャードには分からなかった。
何かを支配する?
それとも他の何かを――地位を、名声を、財力を、権力を、それらのいずれかを手に入れる?
いや、そのどれもがピンと来ない。
何故――?
「やはりな。
哀れな奴め、貴様はただ巨大な能力に踊らされているだけだ。
目的も、信念も無く、ただ衝動に任せて能力を振るっているだけだ。
だから、私さえも倒せないのだ」
「なんだと……!?」
かつて今のフラウヒルデと同様の指摘を、ザンがリチャードに対してしたことがある。
「あんたは既に竜の血に支配され、操られている」と――。
認める訳にはいかない現実を突きつけられて、リチャードの顔が怒りで歪んだ。
「それだけの巨大な能力を全開にすれば、私など数秒で消せるはずだ。
だが、貴様は能力の巨大さに溺れ、私など本気を出さずとも倒せると過信しているのだ。
だからこそ詰めが甘い!」
「この……!」
リチャードは激昂しかけた。
しかし次の瞬間、彼はフラウヒルデが放った鋭い眼差しに気圧された。
「…………ふざけるなよ!
そんな巨大な能力をただ垂れ流すだけで、真剣に勝負に臨まぬ者に……何の為の力なのかも分からぬ者に──」
フラウヒルデはリチャードの刃を押し返しつつ、ついには立ち上がった。
「命を懸けている私が、負けられるものかっ!!」
ギイィィィィィィッ!
と、刃を押し返す焔天から、甲高い金属音が響き渡った。




