―流れ弾―
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「カアァァァァーッ!!」
苛立ちの入り交じったリチャードの雄叫びが、周囲に轟き渡る。
彼は先程からフラウヒルデに対して、有効なダメージを何1つ与えることができずにいた。
それどころか自身が今何人の敵と相対しているのか、それすらもよく分からなくなるほど混乱しつつある。
だが、フラウヒルデもまた、リチャードの強固な皮膚を未だ斬り裂けずにいた。
(……「無形陣」は面白いように効いているが……。
このままでは攻撃に集中しきれんな……。
剣に全てを集中すべきか……)
フラウヒルデにわずかな迷いが生ずる。
どのみち、敵を惑わせて翻弄する忍びの術、「無形陣」を続けたところで、それが破られるのは時間の問題だ。
それはただフラウヒルデが放った気配を無視して、何か別の方法で彼女の動きを捉えようとすれば、それだけで彼女にとっての有利な今の状況は一気に崩れかねない。
もっとも並の人間ならば、元より備えた技術――たとえばメリジューヌのように、相手の発散する体温を読み取る術など――が伴わなければこの「陣」を破ることは不可能に近い。
それらの技術は一朝一夕で身に付くものではないからだ。
打開策を閃いても、それを行動に移せなければ意味が無い。
だが、リチャードは気付きさえすれば、今すぐにでも対策を講じることができる。
彼は最早人間ではないのだ。
「っ!!」
フラウヒルデの放った斬撃を、リチャードの刃が受け止めた。
死角からの攻撃だったのだ、本来ならば受け止められるはずがない。
だが実際には彼女の放った斬撃は、死角を突いてはいなかった。
いや、最早彼には死角が無かった。
「もうくだらない手品は効かんぞ……!」
リチャードは獰猛な笑みを浮かべる。
そんな彼の全身には、いくつもの瞳が浮かびあがっていた。
これによって全方位を見渡せるようになった彼の視覚に、最早隙は無い。
「……案外早く気付いたな」
フラウヒルデの顔にわずかな苦笑いが浮かぶ。
が、さほど動揺は無い。
早い段階で「無形陣」が破られるのは想定の範囲内だ。
「だが、少々意外だな。
無形陣を破るとしたら、もっと簡単な手段を使うと思っていたのだが……」
「簡単な手段?
それはこれのことか?」
リチャードが嗤う。
その瞬間、彼の身体が光に包まれたように見えた。
全身に形作られた無数の瞳が、あらゆる方向に向けて一斉に光線を撃ち放ったのだ。
そう、周囲を無差別に破壊し尽くせば、相手の動きを読む必要など無い。
「きゃああああっ!」
メリジューヌ達の間近にもリチャードの撃ち放った光線が着弾し、凄まじい爆発を引き起こす。
衝撃によって吹き飛ばされ、地面に倒れ臥したメリジューヌは次の瞬間、自身にのしかかる存在に気が付いて小さく悲鳴を上げる。
「シ、シン!?」
そこには血にまみれたシンの姿があった。
彼は自身よりもメリジューヌの安全を優先して、彼女を庇ったのだ。
「お怪我はありませんか、殿下……?」
シンはメリジューヌを気遣うように笑った。
「あ、あなたこそ……!!」
メリジューヌの瞳が涙で潤む。
シンはかなりの重傷を負っているように見えた。
「今すぐ手当を致します。
あなたは寝ていなさい」
「私のことなぞ放っておいて、殿下はご自身の安全を優先して下さい。
また攻撃が来ないとも限りませぬ故……」
シンはメリジューヌを守る為に、立ち上がろうとした。
だが――、
「自分の命を一番に考えなさいっ!!」
メリジューヌが珍しくも怒声を張り上げたので、シンは立つことができなかった。
「私よりも先に死ぬようなことは、許しません!
もうこれ以上私を、悲しませないでください!
これは命令ですっ!」
そう泣きながら訴えるメリジューヌを前に、シンは返すべき言葉を失った。
「はい……」
シンはやや気恥ずかしそうにしながら、静かに身体を地に横たえた。
そんな彼に対して、メリジューヌは手早く治癒魔法を施し始める。
その脇で──、
「お、お2人で盛り上がっているところを悪いのですけど……。
わ、私もいる……のですが……」
アイゼルンデが半分気を失いそうになりながら、血だるまで地面に転がっていた。
下手をするとその受けたダメージは、シンよりも大きそうだ。
「あ……」
ここにいたって、ようやくその存在を思い出したメリジューヌが、顔を真っ赤に染めながら慌ててアイゼルンデに駆け寄る。
シンの為にそこまで冷静さを失っていたのかと思うと、なにやら恥ずかしさと戸惑いで一杯な心境だった。
だが、その所為で治療を受けるのが遅れたアイゼルンデは、それ以上意識を保つことができなかった。
おかげで彼女は河原で憧れのベルヒルデと対面することができた。
数年前に亡くなった父にも会えた。
「夢のようだった」
と、後にアイゼルンデは、そう語ったという。
本人はまんざらでもなかったようだが、何とも不幸を一身に背負ってしまう娘であった。




