―誇りに思います―
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メリジューヌはフラウヒルデが何故優勢に戦いを進めることができているのか、その秘密を解説する。
それはは、「気配を操っているからだ」──と。
「ええ……達人同士の戦いにおいて何よりも重要なのは、相手の気配を読み取ることです。
何故ならば、練達した戦士の技は、素早くかつ死角を突いてきます。
死角に回り込まれてから目で追おうとしても、死角故にその動きを捉えることは非常に困難です。
捉える間もなく、致命的な一撃を受けてしまうでしょう」
「……確かに」
騎士団の訓練の際にそのような経験をしたことがあるのか、アイゼルンデは大仰に頷いた。
「だからこそ視覚に頼らずに、相手の動きを読む術が必要なのです。
対戦相手が動けば、少なからず音が発生します。
空気の流れが変わります。
身体に微量に帯びている静電気の電圧も変化します。
その他にも体温、臭い、魔力や闘気、その他諸々の事柄を注意深く察知し、そしてこれに長年の戦いの中で得た経験を加えれば、目で見ることよりも容易く、相手の動きを捉えることが可能となります」
「…………」
アイゼルンデも今度は頷かなかった。
たぶんメリジューヌの言葉は正しいのだろうが、そんなことを可能にするのは極一部の限られた者達だけだ。
ハッキリ言って、全く実感が湧かなかった。
シンは誇らしげに頷いているが、これはメリジューヌへの忠誠心からくる追従であり、恐らく彼にも殆ど実感は無いだろう。
「フラウヒルデ様はこれを逆手に取ったのです。
あの男はこれまで目で追うことが困難なフラウヒルデ様の動きを、気配を読むことによって捉えていたのでしょう。
そこでフラウヒルデ様は、闘気や殺気を意図的に強く発散させることによって、自らの気配を明確にし、しかしその次の瞬間には気配を消しつつ移動します。
すると本人がその場にいなくとも、先程発散された強い気配がその場に残留しているので、あの男はそこに居もしないフラウヒルデ様の姿を感じ、見当外れの攻撃や防御をするハメになるのです。
たとえるならばフラウヒルデ様は、達人にしか見ることのできない幻を生み出したと言えるでしょう」
「そんなことが……!?」
可能なのか――と、俄には信じられぬというアイゼルンデの顔。
しかし、メリジューヌの顔には確信めいたものがある。
伊達に百年以上も盲目の状態で、敵の気配を探るような戦いを続けてきた訳ではないようだ。
「勿論、元より気配を読む技術を持たない相手には通用しませんが、気配から相手の動きを読むことに慣れてしまったあの男にとっては、この幻を無視することは難しいでしょう。
無視すればそれがフラウヒルデ様本人だった──ということにもなりかねませんから。
しかもこの幻は、フラウヒルデ様が同じ作業を繰り返すことによって、複数同時に作り出すことも可能なはずです。
あるいは今あの男は、何人もの敵と同時に渡り合っているような錯覚に陥っているかもしれませんね。
まさに虚実を巧みに組み入れた素晴らしく高度な戦法です。
……と、まあ私も傍目に見ているから分かることですが、実際にフラウヒルデ様と相対すればかなり混乱させられるでしょうね」
アイゼルンデはポカンとした表情で、メリジューヌの解説を聞いていた。
フラウヒルデはこの数ヶ月の間で、一体どれだけの成長を果たしたのか想像もできない。
あるいは剣を用いての戦闘技術だけならば、シグルーンやザンにも匹敵するのではなかろうか。
(もうあなたには追いつけないわね……)
戦うフラウヒルデの姿を見つめながら、アイゼルンデは素直にそう思う。
結局、彼女とは重ねてきた努力の量が違うのだ。
そして懸けている物も。
そこには負け惜しみも、意地や嫉妬さえも入り込める余地は無い。
彼女の心にあるのは、純粋な憧憬と尊敬の念だけだ。
「フラウ……私はあなたという、友人を得たことを誇りに思います……」
涙ぐみながらもアイゼルンデは力強く微笑み、そして祈った。
(あなたの今までの修練が報われますように。
……絶対勝ってね!)
アイゼルンデの心もまた、フラウヒルデと一緒に戦っていた。




