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―激 闘―

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 巨大な(やいば)が振り抜かれた。

 巨大――まさに巨大な刃であった。

 その刀身は普通の刀剣の倍以上の長さがある。


 そしてその厚みもまた、その長さに比例して分厚く、刀剣と言うよりは斧か(なた)のような重量感があった。

 しかもその刃は、その振るう者の腕と一体化していた。

 いや、その正体は腕そのものが変質した刃であった。

 

 そんな異形の腕を持つのは、黒衣で長身の男だった。

 男は若く精悍な顔付きをしていたが、それは今、野獣じみた殺意で満面が彩られ、既に人であることをかなぐり捨てたかのような凶相である。

 事実、今彼の身体に流れる血は、竜のそれがその大半を占めていた。

 

 そんな彼の名は、リチャードという。

 

 リチャードの振り抜かれた腕は、何者も斬り裂きはしなかった。

 その刃の巨大さ(ゆえ)に斬撃の速度が遅かった訳でも、ましてや彼が狙いを外した訳でもない。

 むしろその斬撃は並の剣士ならば及びもつかないほど速く鋭く、そしてなによりも重い。

 

 だが、その斬撃を(かわ)した方も並ではなかった。

 彼女は苦もなくその斬撃を躱すどころか、時として自らの剣でリチャードの斬撃を弾き返してさえいる。

 傍目には腕力において圧倒的に不利なように見えたが、彼女は決して力負けしていなかった。

 

 彼女――フラウヒルデ・アースガルは、相対するリチャードとさほど劣らぬ上背があった。

 あるいはやや頭頂部よりの位置にまとめた銀髪のポニーテールのおかげで、彼女はリチャードよりも背が高く見えたかもしれない。

 

 そんな長身の彼女が手にするのは、これまた並の刀剣から比べればはるかに長大な剣と刀であった。

 常人ならば片手で振り回すことが不可能だと思われる刃渡りの剣と刀のそれぞれを、彼女は左右の手に(たずさ)えていた。

 

 その両手の動きは、1人の人間の意志で制御が可能なのかと思えるほど、まるで別の生物の如く思い思いの方向へと刃を奔らせている。

 が、それは両腕を剣へと変質させたリチャードもまた同じであった。

 

 凄まじい斬撃の応酬であった。

 2人が戦いを始めてからわずか数分あまり――その間に閃いた斬撃は数百をくだるまい。

 しかし、両者とも決定打は1つとしてなく、この激しい応酬の中にありながらも、現状は膠着状態であると言えた。

 それほどまでに2人の刃を操る技量は、伯仲(はくちゅう)している。

 

 そんな膠着状態に痺れを切らせたのは、リチャードの方であった。

 

「オオオォォォォォォっ!!」

 

 雄叫(おた)びと共に振り上げられたリチャードの右腕は、更に肥大化した。

 それをフラウヒルデ目掛けて振り下ろす。

 鉈を思わせる重さと、それでいて鋭さも兼ね備えた斬撃が地面に炸裂し、大きな亀裂を生じさせた。


 その斬撃を寸前で回避したフラウヒルデだが、もしも今の技を刀剣(とうけん)で受け止めようとしていれば、剣ごと叩き潰されていたかもしれない。

 いや、「鍛冶の神」との異名を持つ男から譲り受けた剣と刀だ。

 破損はしまい。


 だが、力負けすれば結果は同じことだ。

 おそらくフラウヒルデの身体は、リチャードの攻撃には耐えられない。

 つまりリチャードには、命中さえすれば一撃でフラウヒルデ葬り去ることが可能な攻撃力を有している。

 

「……ようやく本気になったか!」

 

 それでもフラウヒルデは微笑んだ。

 彼女は元よりこの戦いに負けるつもりも、死ぬつもりもない。

 いや、勝利するしか残された道はない。

 負ければその時点で自身の命も、そしておそらくはこのアースガルも終わりだ。


 逃げ出すことが絶対に許されない、生きるか死ぬかの瀬戸際に、恐怖してどうする。

 それで状況が好転する訳でもない。

 今必要なのは、絶対に勝とうという信念だけだ。

 

 だから、フラウヒルデは笑う。

 自身の能力がリチャードに大きく劣るとも思わない。

 自信の勝利を信じて疑わない。

 そうでなければ戦えない。

 

 とは言え、リチャードとて負けるつもりで戦っている訳ではない。

 彼はその身に秘められた竜の血の力を、徐々に解放してゆく。

 

「ふん!」

 

 小さな掛け声と共に突き出されたリチャードの左腕の刃は、螺旋を描くように渦を巻きながら伸びた。

 しかもそれは、高速の回転によって生み出された衝撃波の刃を纏っている。

 

 最早彼の腕は刃でも槍でもない。

 あたかも巨大な砲弾だ。

 その攻撃の直撃を受けずとも、かすっただけで人間の身体ならばバラバラに引き裂かれるだろう。

 結界などの魔法的な力を使用せずに、回避できるような攻撃ではない。

 

 だがフラウヒルデは、臆せずにリチャード目掛けて踏み込む。

 それはいかに彼女が人並外れた肉体の頑強さを誇っていたとしても、耐えられるような攻撃ではない。

 また、彼女の卓越した動体視力をもってしても、完全に回避することも不可能だろう。

 

 それでもフラウヒルデには、リチャードの攻撃を喰らわない自信があったのだ。

 

光盾(こうじゅん)!」

 

 フラウヒルデがそう叫ぶなり、彼女が右手に持つ光を自在に操る剣、「光烈武剣」が――いや、正確にはその鍔元に埋め込まれている宝石が光を放つ。

 光はまるで盾のように円形に広がった。

 

 フラウヒルデはその光の盾を、下段から跳ね上げるようにしてリチャードの攻撃に叩き付けた。

 それによって上方へと軌道を変えられた攻撃をくぐるように、彼女は更に踏み込む。

 結果、フラウヒルデの頬や肩などにいくつかの裂傷が生じた。

 やはりリチャードの攻撃を、完全に無効化することはできなかったようだ。


 が、それも彼女は承知の上だった。「肉を斬らせて骨を断つ」、その覚悟も無しに倒せるほど生易しい相手ではないのだ。

 要は致命的なダメージさえ受けなければいい。

 

「チッ!」

 

 小さく舌打ちして、リチャードは回避行動に移行する。

 だが、長く伸びた左腕によってその動きは大きく制限され、著しく鈍っていた。

 それもフラウヒルデの狙いの内である。

 彼女は左手に持つ炎を自在に操る能力を有する刀、「焔天(えんてん)」をリチャードの右脇腹目掛けて振るう。

 

「――っ!!」

 

 しかしその斬撃は、リチャードの腹を斬り裂くどころか、軽々と弾き返された。

 斬ることが可能だったのは、彼の黒い衣服だけだった。

 そして裂かれたその衣服の下からは、人間の物ではないどことなく爬虫類的な、それでいて甲殻類のように節のある硬質の皮膚が露わになる。

 

 それはまるで、戦士が纏う鎧そのものであった。

 リチャードは最早、その頭部以外の殆どの部位が人の姿を留めていないと言える。


「小娘が! いかに小技を繰り出そうが、人間を超越した俺にはかすり傷1つ付けられんぞ!」

 

(……竜の皮膚よりも硬い……か)

 

 フラウヒルデはわずかに顔をしかめる。

 リチャードの防御能力は驚嘆すべきものだが、問題なのは「使いこなせばこの世に斬れぬものは無い」とされる焔天で、リチャードに傷1つ付けることができなかった自身の未熟さだ。

 

(いいさ、この戦いの内に使いこなせるようになれば良いだけのこと……!)

 

 フラウヒルデは再び笑みを浮かべ、そしてリチャードへ向けて踏み込んだ。

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