―覚 悟―
今回から10章です。
2人の女が対峙していた。
1人は女性としては決して低くはない上背であったが、それでも地に届きそうなほど豊かで長い金髪を風になびかせていた。
そんな彼女の肢体は美しく均整がとれていた。
しかし、それでいて異様であり威容でもある。
そのほぼ裸身に近い身体の全面は、複雑な文様の入れ墨で覆われており、それは整った顔も例外ではなかった。
だが、それだけならば異様ではあるが、まだ人間の範疇である。
ところが彼女の額には、人間ではあり得ない第三の眼が存在し、更に彼女から発せられるあまりにも巨大な力の波動は、彼女が人外の存在であることを物語っていた。
故に彼女は、威容でもあった。
1人は金髪の女とは対照的な、短い銀髪をした女であった。
彼女もまた、長身でしなやかな美しい肢体を持ち、その上に材質不明のスーツと簡易的な鎧、そして紅いマントを纏っている。
彼女は鋭い視線を金髪へと注いでいた。
そしてその手にした紅い刀身を持つ剣の切っ先もまた、金髪へと向けられている。
だが、金髪はそれが目に入っていないかの如く、泰然と佇んでいた。
「そなたは私をどうしたいのじゃ?」
「……斬る!」
銀髪は怒りに満ちた声音で言い放った。
「ほう……元々はそなたの父のものであった、この身体をか?」
「…………」
その言葉に銀髪の女は押し黙る。
しかしやがて彼女は、感情を押し殺したような表情で口を開いた。
「……ここ数日で、あんたはどれだけの命を奪った?」
「さあ……数百万か……数千万か……あるいは億かな……?」
金髪は凄惨な笑みを浮かべ、答える。
「……それが答えだ。
あんたによって奪われた命、あんたによってもたらされた悲劇……。
それらの前では、私の葛藤など取るに足りない小事だ。
これ以上悲劇は起こさせない!」
銀髪は厳然とした態度で告げた。
「それがそなたの覚悟か。
しかし親子の情を、そう簡単に割り切れるかな?」
「割り切る、割り切れないの問題じゃない。
何が何でもあんたを斬らなきゃ、この世界に光は無いっ!」
その刹那、銀と紅の光が奔った。
銀髪が信じがたい速度で、金髪へと斬りかかったのだ。
ところがその斬撃を金髪は、掌であっさりと受け止めた。
そして数日前と同様に、その指先に力を込める。
「ほう……?」
しかし以前は軽々と砕くことができた刀身には、亀裂一つ入れることができなかった。
「前のようにはいかないっ!」
銀髪が剣を引き戻し、そして再び斬撃を繰り出した。
だが、金髪はそれを苦もなく躱し、手刀を銀髪目掛けて突き入れる。
しかし銀髪も、その攻撃を危なげ無く躱した。
この時点でその攻防は、伯仲していると言っても良かった。
「楽しいのぅ……」
金髪が楽しげに笑う。
世界の命運を握る戦いは、まだ始まったばかりだった。
「ハッ!?」
小柄な少年――ルーフ・ジグ・ブリーイッドは、得体の知れない喪失感を覚えて身を竦ませた。
これほどの喪失感を覚えたのは、両親が亡くなった時以来だろうか。
(まさか……誰か死んで……?)
そんな不安が脳裡から払拭できない。
今すぐにでも不安の正体を、確認しにいきたかった。
しかしそれを、目の前にいる黒翼の少年――ラーソエルが許してくれるとは思えない。
それどころか、ルーフがこの場から生きて帰れるかどうかも怪しい状況だ。
最悪の相手であった。
勿論、ルーフがこれまで見てきた者達よりも、飛び抜けて強いと言う訳ではない。
だが、このラーソエルと彼の相性は、絶望的なまでに悪い。
魔法での戦闘を得手とする――というか、それしか戦闘手段を持たない彼には、全ての魔法効果を無力化できるラーソエルを相手に、まともに戦って勝てる可能性は皆無だ。
だからといって、今現在の状況では誰かの加勢も期待できなかった。
竜巻の結界外での戦況に変化があったのか、城への侵入を試みる邪竜の数こそ殆どなくなったが、シグルーン配下の竜騎士団は壊滅状態だった。
勿論、城を守る結界が維持されていることから、結界を形成しているメリジューヌの安否だけは分かるが、それを知ったところで現状は好転しそうにない。
恐らく彼女も結界の維持で精一杯だろう。
結局ルーフ独りの力で、この場を乗り切るしかない。
だが、一体ルーフに何ができよう。
おそらく彼にとるべき手段は、1つか2つしか無いだろう。
しかも、彼自身は具体的に何をすればいいのか、まだ気付いてはいない。
(とにかく……やれるだけのことをやるしかない!)
それが彼の生き残るべき、ただ1つの道であった。
限界まで命を削ることも仕方があるまい。
そしてできるのならば、今し方感じた喪失感の正体を一刻も早く知りたかった。
ルーフは表情を引き締めて、正面に向き直る。
彼の厳しい視線の先には、悠然に宙を漂うラーソエルが、彼とは対照的に静かに微笑んでいた。




