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―戦いはこれから―

 邪竜達の自爆攻撃は続く。


「こ、こんなっ! 

 自分の命をなんだと思っているのよっ!?」

 

 たとえ相手が敵だったとしても、シグルーンはこんな捨て身の攻撃など見たくはなかった。

 だがそれだけに、その攻撃の効果は絶大であったと言える。

 事実、動揺した彼女は、完全に脱出の機会を失ってしまったのだから。

 

 やがて邪竜による自爆攻撃は終わったようだが、シグルーンの結界には数百もの竜による息攻撃が間断なく浴びせ掛けられていた。

 いかに彼女の結界が堅固だとは言え、こんな攻撃を絶え間なく受け続ければ、いずれは破壊される。

 無論その瞬間に、彼女は即死することとなるだろう。

 

 その上、配下の竜騎士達の姿は、既に確認することができなかった。

 シグルーンと同様に自爆攻撃を受けていれば、彼らが無事であることも、この状況の打破も、期待することはできない。

 完全に手詰まりだ。

 

(くっ……こんなところで……。

 リザンちゃんと一緒に、姉様のお墓参りに行こうって、約束しているのに……!)

 

 絶望的な気分にシグルーンは(おちい)っていた。

 だが、「最後まで決して(あきら)めてはいけない」――よく彼女の姉が言っていた言葉だ。

 そして「諦めなければ、報われることもある」とも。

 

 たぶんそれは正しい。

 正しいからこそ、今がある。

 200年以上過去のあの日、10年に満たない人生を散らせかけてい命を、姉が諦めなかったからこそ彼女は今を生き繋いでいる。

 

「諦めるものですかっ!」

 

 シグルーンは渾身の力を振り絞り、結界を維持し続ける。

 5分、10分と時間は経過し、そしてやはり姉の言葉が正しかったことを再確認する。

 

「報われたわ!」

 

 ――ィィィィィィィィィィン!と、甲高い爆音が大気を揺るがす。

 邪竜達の間に動揺が走った。

 彼ら向けて超高速で接近する存在を、感知したからだ。

 

 それは、かつて邪竜最強の四天王に匹敵するともされ、無限とも思える再生能力を持つが故に「不死竜」とも呼ばれし者――。

 

「ファーブニル様っ!」

 

「待たせたな!」

 

 ファーブは躊躇(ちゅうちょ)することなく、邪竜の群に突っ込んだ。


 ファーブの翼は鋭い刃と化して、進路上にいた邪竜達を斬り裂く。

 このファーブの突然の乱入よってもたらされた邪竜達の混乱に乗じ、シグルーンは安全圏へと脱出することができた。

 そして──、

 

(これで……少なくとも、あの邪竜の群は怖くなくなる……)

 

 と、半ば確信する。

 ファーブにその気さえあれば、あの未だ数百を数える邪竜の群を、数分とかけずに消滅させることも不可能ではないであろう。 

 事実、それは現実のものとなった。

 

 オオオオオオオオォォォォォーっ!!

 

 竜叫壊波(ドラゴンズ・クライ)――。

 分子結合すらも崩壊させる超振動波と化したファーブの咆吼(ほうこう)が邪竜の群を飲み、その半数近くが瞬時に原子の塵へと分解される。

 これにより、最早戦いの趨勢(すうせい)は決したかのように見えた。

 

 しかし災いの根元は、まだ少しの手傷すら負ってはいなかった。

 これはまだ戦いの前哨戦にしか過ぎないのかもしれない。

 

「ファーブニル……さすがは我らが血を受け継ぎし者よ。

 そろそろ私が動かねばならぬか」

 

 戦いを静観していたティアマットは、ゆったりとした動きで戦場へ向けて歩みだした。

 それは決して大きな動作ではなかったが、周囲の草木を激しくざわめかせる。

 ただ歩むだけで、彼女の巨大な能力は周囲の空間を震撼させた。


 


「……良いできだ。

 感謝する」

 

 ザンは修復された剣を手にして、感慨深げに言った。

 そんな彼女の前では、まるで酔いつぶれているかのように、バルカンがぐったりとしてテーブルに突っ伏している。

 剣を鍛え直す為に、精根を使い果たしたらしい。

 

「礼ならその剣で、ちゃんとした成果を上げてからにしろ……」

 

 バルカンは呻くように答えた。

 疲労の所為か顔を上げず、ザンの方を見ようともしない。

 まあ単に、礼を言われたことに対する照れ隠しをしているだけのように見えなくもないが。

 

「ああ……悪いけどすぐ帰らせてもらう。

 ……今度は折られたりなんかしないさ」

 

 その言葉は半ば確信だった。

 斬竜剣は見違えるほど良い剣に生まれ変わった。

 いや、形状こそ以前となんら変化は無いが、手にしているザンにはそれが分かる。

 

「……そうしてくれ、俺は当分鍛冶仕事なんかしたくないからな」

 

「……ありがとう」

 

 礼なら後にしろ、と言われたにも関わらず、ザンは再び礼を述べた。

 バルカンには感謝してもし足りない気持ちだった。

 

「じゃあ、私は行く。

 この『転移の指輪』もありがたく使わせてもらう」

 

「…………」

 

 バルカンは無言で返した。

 疲労で眠ってしまったのかとザンは思ったが、あるいはこれから命を落とすかもしれない戦いに(のぞ)む彼女に対して、贈るべき言葉が見つからなかったのかもしれない。

 そしてザンが、「転移の指輪」の能力を開放しようとしたその時──、

 

「……ジークフリートだ」

 

「え?」

 

 バルカンが小さく呟く。

 

「そいつの(しん)の名だ。

 今のお前になら教えてやる……」

 

「ジークフリート……」

 

 斬竜剣の能力を完全解放する為に必要な「真の名」――しかし、ザンはそれを知らずにいた。

 斬竜剣の真の力は制御が難しく、みだりに解放すればその使用者は命を落としかねない。

 だから今までバルカンは、その名を決して明かしてはくれなかった。

 

 だが、最早生きて戻ることがないかもしれぬ者へ、その名を隠すことは無意味だと思ったのか、それとも今のザンならば使いこなすことができると確信したのか、どちらにせよ彼はその名をザンに託した。

 

「ジークフリート……!」

 

 ザンはその名を繰り返して呟いた。

 顔には自然と笑みが浮かんでくる。

 

「ありがとう! 

 この恩はきっと返しに来る」

 

「ああ……また(・・)な」

 

 バルカンは、今度こそ別れの言葉を口にした。

 それを聞き届けた次の瞬間、ザンの姿はこの場からかき消える。

 彼女は既にアースガルへと到着しているに違いない。


 そして、そこで繰り広げられる戦いが、これからの世界にどのような影響を与えるのか、それは未だ分からない。

 だが、とうとう力尽きたか、寝息を立て始めたバルカンの(いか)めしい顔は、わずかに(やわ)らいでいた。

 未来には少しも不安が無いとでも、言うかのように――。

 次回から10章です。

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