―窮 地―
「……何騎、残っている?」
シグルーンは背後に控える竜騎士に問う。
『……私を含めて3騎です。
それも、あとどれだけ戦えるか……』
そんな竜騎士の言葉の通り、当初10騎いた彼らは残すところ3騎にまで減じていた。
しかも生き残ったその3騎も、身体中に酷い傷を負っている。
「泣き言を言わないの。
あなた達のそんな情けない姿を見たら、団長が嘆くわよ」
そんな諭すようなシグルーンの言葉。
だが――、
「とは言え、私もちょっと泣きたいかもね……」
彼女もまた無傷ではなかった。
不死竜ファーブニルより受け継いだ凄まじい再生能力を持つ彼女でさえも、その身体には傷が目立つようになってきている。
しかしそれ以上に彼女の心を締め付けるのは、一面に広がる焦土であった。
アースガル城はまだ健在だが、その城下町や近隣の野山の風景は、完全に形を失っていた。
竜達の攻撃によって燃え落ちたのだ。
やはり多勢に無勢であった。
シグルーン達を包囲する邪竜の群は、未だ千近くを数える。
それでも軽く数十倍はある戦力差の攻撃を受けてなお、アースガル勢がまだ全滅していないのは奇跡と言っても良かった。
しかも邪竜達の数を当初の半数以下にまで減じさせたのだから、ある意味大勝利とも言える戦果である。
だが最終的に、アースガルが消えてしまっては意味が無い。
「悪かったわね。
こんな勝ち目の薄い戦いに、付き合わせちゃって」
シグルーンが詫びた。
『構いませんよ。
我々は御館様の温情によって、今まで生かしてもらっていた身。
この命、今更惜しくはありません』
『それに我々の帰る場所は、あの城しかありませんからな。
帰る場所が無くなることは、生きる場所が無くなるも同然。
ここで命を懸けずして、どこで命を懸けましょうぞ』
「……馬鹿」
竜騎士達の言葉に、シグルーンは少し怒っているような、それでいて何処か誇らしげな表情となった。
が、すぐにその表情を引き締める。
「これより邪竜共に対して、最終攻撃を敢行するっ!
最早命は惜しんではいられない。
だが、希望は最後まで取っておけ!
可能な限り敵の攻撃を耐えて、戦い抜くのだ!
征くぞ!!」
『オオッ!!』
そのかけ声と共に、シグルーン達は邪竜達の群目掛けて高速で突っ込んでいく。
それを待ちかまえていたかのように、邪竜達の攻撃が一斉に始まった。
凄まじい数の攻撃魔法と息攻撃がシグルーン達に集中する。
最早逃げ場すら無いと思える猛攻を、シグルーンは巧みに躱していった。
しかし、彼女に続く竜騎士達は、結界を形成して防御するだけでも精一杯だ。
いや――、
『ガアアァァァァァーっ!!』
竜騎士の1人が邪竜達の攻撃に耐えきれず、ついに結界ごと四散する。
「よくもっ!!」
シグルーンの怒声が周囲に響き渡る。
その声にはまるで呪力が籠もっているかの如く、一瞬邪竜達を怯ませた。
その隙を逃さず、シグルーンは呪文を高速で詠唱する。
「炎よ、虚空より出でて、虚空へ還れ!」
唐突に邪竜の群れの中心に炎が生まれ、それは無数の邪竜を飲み込みながら、直径数百mもの大爆発へと膨れあがった。
「爆縮!!」
そしてシグルーンのかけ声と共に、爆発は急速に縮んでいく。
拡散せずに圧縮されていく爆発の高エネルギーは、内包する邪達達を悉く押し潰し、そして燃やし尽くす。
最終的には、その空間には何も残らない。
まるで別次元に吸い込まれたかのようだった。
だが、邪竜達もいつまでも怯んではいなかった。
彼らはシグルーンに目掛け、大挙して押し寄せて来る。
彼女から離れて戦えば、先程のように広範囲の攻撃魔法で一気に殲滅されかねないからだ。
そして邪竜達の遠距離からの魔法や息攻撃も、シグルーンに対してさほど大きな効果を上げていないのも確かだ。
しかし接近戦ならば、いかにシグルーンが並ならぬ剣術の腕を持っていようとも、一度に対処できる数は限定される。
しかも――、
「!!」
邪竜の1匹が無防備にシグルーンへと詰め寄った。
彼女は剣から衝撃波を放ち、その邪竜の頭部をあっさりと叩き割る。
だが、勢いのついた邪竜の突進は死してなお止まらない。
その上、彼女は周囲を邪竜に包囲されており、逃げ場が無かった。
苦し紛れにシグルーンは結界を形成し、衝突をやり過ごした。
しかし、その結界に己の身体で押し潰さんとするが如く、次々と邪竜達が群がってくる。
「馬鹿な。
いかに竜の力でも、この結界は破壊できないわよ?」
シグルーンが訝しんだその瞬間、閃光が周囲を染め上げる。
「キャアアアァァァァァーッ!?」
結界は凄まじい衝撃によって揺さぶられ、たまらずシグルーンは悲鳴を上げた。
そして衝撃が収まると、結界に群がっていた邪竜の姿は全て消え失せていた。
5秒近い時間をかけて状況を把握した彼女は、その信じがたい事実に愕然とする。
「ま、まさか……自爆したの!?」
あるいは仲間にシグルーンの動きを封じさせた上で、その仲間を犠牲にすることも厭わず、高威力の攻撃を炸裂させたのか。
どちらにしても、邪竜達が手段を選ばなくなったことは間違いない。
シグルーンが唖然としている間に、再び邪竜達が彼女に群がってくる。
そして再度激しい衝撃が、彼女の結界を襲った。




