―アースガル城攻防戦―
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ルーフとメリジューヌは、シグルーンがあっと言う間に飛び去っていった方向を暫しの間茫然と眺めていたが、不意にハッと我に返る。
「あっ、こんなことしている場合じゃない。
僕達も気を引き締めていかないと」
そしてルーフは厳しい表情で、結界の一部に視線を注いだ。
そこには既に、結界を突破しつつある邪竜の姿がいくつも確認できる。
「我に力を貸し与えたまえ!」
ルーフが叫んだその瞬間、彼の周囲にいくつもの人間のような姿が浮かびあがった。
それは半透明で、常に形が揺らいでいる。
もしも「霊」というものが視えたのだとしたら、このような姿なのかもしれない。
しかしそれらは、ただ人の姿をしているだけではなく、炎や冷気など何らかの自然現象を身に纏っているようにも見えた。
いや、あるいはそのもので身体を構成しているのかもしれない。
それはルーフが呼び出した精霊達が、半ば実体化した姿であった。
精霊達はルーフが号令を下すまでもなく、一斉に邪竜達に襲いかかる。
まるで彼と意識が繋がっているかのように、統率された動きであった。
そんな精霊達の攻撃により、邪竜達は炎に焼かれ、冷気に凍え、水に溺れ、雷に撃たれ、槍と化した地面に貫かれ――と、凄まじい猛攻に晒された。
上位の竜でもなければ、結界を抜けきる前に確実に命を落としている。
また、シグルーンの竜騎士達も、次々と結界内に侵入を試みる邪竜を、各々の武器で屠っている。
「これはいけるかも……」
メリジューヌは小さく安堵の笑みを浮かべた。
当初はたった3人だけで戦いに臨まなければならないのか──と、絶望的な気分にもなったが、少なくとも数の面においては先程よりかなりマシな状態になった。
ルーフが更に精霊の召喚を繰り返し、そしてザン達が戻ってさえくれば、戦力的にははさほど邪竜達に劣ったものではなくなるはずだ。
戦いの趨勢はまだ決してはいない。
(希望がある限り、私達はまだ戦えます!)
メリジューヌの風の結界は、更に勢いを増して荒れ狂った。
空を染め上げる閃光と、雲をかき消すほどの轟音――。
シグルーンが放った巨大攻撃魔法、「極大烈破」が数百もの邪竜の群を飲み込んだ。
邪竜達は2000を超える大群が故に、密集していたのが仇となった。
群の2割か、あるいは3割か──ともかく多くの同胞を失った邪竜達は混乱し、俄に統制を失うこととなる。
その隙をシグルーンは見逃さず、
「突撃!!」
竜騎士達へと号令をかけ、彼女自らも邪竜の群の中へと突入した。
当然、シグルーンは邪竜達に取り囲まれる形となったが、必ずしも不利な面ばかりではない。
乱戦ともなれば、広範囲に影響を及ぼすような高威力の攻撃は、仲間を巻き込む覚悟がなければ使用できないからだ。
その結果、さほど効果範囲が広くなく、しかし人間相手には十分すぎる威力の魔法攻撃が、シグルーンへと集中することになった。
だが、彼女にとっては「烈破」以上の高位攻撃魔法でなければ、さほど恐れるに値しない。
シグルーンの周囲には、一片が30cmほどの菱形をした複数の結界が唐突に出現し、悉く魔法攻撃を弾き返した。
いや、それだけにとどまらず、今度はその結界が高速で回転しながら四方八方に飛び散り、邪竜達を斬り刻む。
「む!」
不意にシグルーンの視線が上空へと向けられる。
彼女の真上には、竜の巨体があった。
その竜は彼女目掛けて息攻撃の態勢に入っている。
次の瞬間、凄まじい灼熱の炎がシグルーン向けて撃ち放たれた。
しかし竜達を斬り裂いていたシグルーンの結界群は、瞬時に彼女の周囲に集結し、そして融合――完全に彼女を包む球形の結界と化した。
『……!!』
邪竜達の間に動揺が走る。
息攻撃は竜にとって最大の攻撃手段の1つである。
それをシグルーンの結界は、あっさりと耐え切ったのだ。
「行けっ!!」
シグルーンの掛け声と共に、彼女を包む結界は再び分裂し、今し方息攻撃を放った邪竜に撃ち込まれた。
その邪竜は何の抵抗も無く、地面に向けて落下していく。
即死であった。
邪竜達は明らかに怯んだ様子を見せた。
それに乗じてシグルーンが素早く斬竜剣を振るう。
また、何匹かの邪竜が地に向けて落下していく。
「ザコばかりね」
不敵に笑うシグルーンを、邪竜達は遠巻きに囲み、不用意に攻撃を仕掛けようとはしなかった。
彼らは今更ながらに思い知ったのだ。
今まさに、「魔女」の相手をしているということに――。
また、その配下の竜騎士達も強かった。
元来、凄まじく強大な存在である竜に、シグルーン自らが訓練を施し、強化したのだ。
その能力が並であるはずがない。
数では圧倒的な戦力差はあれど、それでもまだ命を落とした竜騎士はいない。
この事実1つを取ってみただけでも、彼らがいかに屈強な戦士であるのかを知ることができる。
この時点ではシグルーンが率いるアースガル勢の方が、優勢であるとさえ言ってもよかった。
「なかなかやりおる……。
まぁ、これくらいでなければ、退屈凌ぎにもならぬがのう……」
戦況を遠方から眺めていたティアマットは、楽しげに笑う。
そんな彼女の姿は全裸に近い。
あるのは精々下腹部を覆う布きれ程度だ。
が、数日前までには無かった、入れ墨のような文様が全身に浮き出ており、あながち無防備という訳でもないようだ。
恐らくは、その文様自体が、なんらかの魔術的な働きをしているのだろう。
また、彼女の額に形作られた第三の眼が忙しなく動き、周囲の戦況の移り変わりを確認しているようだった。
それでいて彼女が動こうとしないのは、まだ戦況がそれほど切迫したものではないということなのだろうか。
「でも、このままじゃ壊滅に近いダメージを受けちゃうんじゃないの、あなたの軍団?
それにすぐ近くに竜族も来ているよ。
見物しているだけでいいの?」
と、ティアマットの脇でしゃがみ込んでいたラーソエルは、危惧する──というよりは、不思議そうに彼女を見上げる。
その容姿相応のあどけない表情を見る限り、彼自身も言葉ほどには危機感を持ってはいないらしい。
「竜族なんぞ、私だけで十分じゃ」
ティアマットは素っ気なく言い放った。
つまるところ、自身の配下の軍団が壊滅しても、彼女はさほど困りはしないということなのだろう。
「でも、ボク暇だから遊んでこようかな。
構わないよね?」
ラーソエルは確認と言うよりは、決定事項を一方的に告げるような調子でティアマットに告げ、そしてアースガル城の方角へ向けて飛び立った。
戦況は、いよいよ大きく動き始めようとしていた。




