―竜巻の防壁―
アースガル城の中庭に、シグルーンとルーフ、そしてメリジューヌの姿がある。
西の空には既に無数の邪竜の姿が、肉眼でも確認できる。
この城に到達するまでに、数分とかかるまい。
メリジューヌは愛用の魔法の槍、「神槍グングニル」を手にしつつ、静かに目を閉じて精神を集中させていた。
が、全ての心の準備が整ったのか、彼女はゆっくりと目を見開いた。
その眼光には強い意志の力が宿っている。
「昔、お父様が身を守る術として、能力の使い方を教えてくれたことがありました。
しかし私はその能力を使えば、自身がより人間ではなくなってしまうような気がして……。
だからなのでしょう、そんな私の想いが邪魔をしたのか、結局その能力を使いこなすまでには至っていません。
でも……今なら使いこなせるような気がします。
いえ、お父様から受け継いだ能力です。
使いこなして見せます!」
そんなメリジューヌに頼もしさを感じつつ、シグルーンは頷いた。
そしてルーフは、
「大丈夫ですよ。
風の精霊達にも協力してくれるように、お願いしましたから」
と、後押しする。
そんな彼の言葉に、メリジューヌは微笑みで返した。
「では、始めます!」
次の瞬間、メリジューヌを中心として、小さな空気の渦が発生した。
つむじ風のようなその渦は、回転の速度を増しながら、徐々に巨大化してゆく。
やがてそれは城全体を覆い尽くすほどの成長を遂げ――巨大な竜巻と化した。
いや、その内側は無風であり、自然の状態の竜巻とは言えない。
しかしだからこそ、内部の人間には影響が無く、安全は約束されている。
まあ、多少は気圧の変化による体調不良を訴える者もいるかもしれないが、邪竜に直接襲われるよりはマシだろう。
それはまさに竜巻の如き風の結界であった。
凄まじい速度で回転する大気は、外部からの攻撃を弾き飛ばし、そして内部へ侵入しようと試みる者の身体を容赦なく引き裂くだろう。
「できた……!」
メリジューヌは会心の笑みを浮かべる。
「凄い……」
内側から竜巻を見るという初めての経験に、ルーフのみならずシグルーンまでもが驚愕の声を上げた。
しかし――、
「メリュちゃん、これだけ術の行使は魔力の消費が激しいんじゃないの?」
シグルーンは心配げに問う。
「いえ、ルーフ様の言うとおり、風の精霊が力を貸してくれているので、それほどでも……」
嘘であった。
確かに風の精霊の力を借りることによる、魔力消費の軽減はある。
だが、城1つを覆うほど結界の維持を、竜の血を引き継ぐ者とはいえただ独りで行うには、凄まじい負担が生じる。
だが、今が生きるか死ぬかの瀬戸際である。
多くのタイタロスの民と、そして自分達を受け入れてくれたこのアースガルの民の命運が、メリジューヌの結界の維持に委ねられていた。
たとえその命を削ろうとも、守り抜かなければならない。
そんな決意をメリジューヌの顔から読みとったシグルーンは、もう何も言わなかった。
「さて、それじゃあ、私も戦闘準備に取りかかるとしますか」
と、シグルーンは先程まで自らが調合していた薬を、取り出した。
老人ならば喉に詰まらせそうな、ちょっと大きめのサイズの黒い丸薬である。
「魔力回復促進&強化薬、身体能力強化薬、体力回復・再生能力強化薬、動体視力強化薬、対精神攻撃防御薬、抗毒作用強化薬、痛み止め、風邪薬、エトセトラ、エトセトラ……色々混ぜたから後で副作用が怖いけど、この戦いの間中保てば良し!」
そして、彼女はその丸薬を一気に飲み込んだ。
「うわ……絶対に真似しちゃいけない、薬の飲み方だ……」
ルーフとメリジューヌの不安げな視線が、シグルーンに注がれる。
すると彼女の身体は突然、ビクリと痙攣した。
やはり薬の調合の仕方が、まずかったのだろうか。
「だ、大丈夫ですかっ!?」
ルーフが思わずシグルーンへと駆け寄ろうとしたその瞬間、彼女から凄まじい勢いで放出された魔力を受けて、ルーフは慌てて後退る。
そんな彼の前では、10歳程度であったシグルーンの身体が見る見る内に成長――もとい元に戻っていった。
結果、身体に対して服が小さくなってしまったその姿に、ルーフはちょっと面を食らってしまう。
身体の線が露わになった上に、臍が丸出しになっていたからだ。




