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―決戦の準備―

 流星雨はアースガルにも降り注いだ。

 いや、正確にはアースガル領内の森林に、小さな隕石の1つが落下したに過ぎないが、それでも落下地点の数百m四方のあらゆる物体が吹き飛んだ。

 もしも隕石が数十m規模のサイズであったのならば、アースガルは壊滅していただろう。

 

 それが(ゆえ)に慎重を期してアースガルの住民には、城への避難命令が勧告されている。

 それが約1日前のことである。

 

「……お祖母(ばあ)様、町の住人の避難が完了致しました」

 

 現在アースガルを守る戦乙女騎士団(ワルキューレナイツ)団長代理であるアイゼルンデは、住民の避難完了の報告の為、城主であるシグルーンの部屋へと訪れた。


「お祖母様って呼ぶんじゃない」


 シグルーンに一瞥(いちべつ)されて、アイゼルンデは少し脅えつつ訂正した。

 

「……で、では、お姉様、町の住人の避難が完了致しました」


「そう……ありがとう。

 でも、最悪の場合は、地下迷宮の方に住民を誘導した方がいいわね。

 あとで仕掛けられている罠は解除しておくわ」


「ち……地下迷宮……っ!!」


 かつて地下迷宮で遭難したことがあるアイゼルンデは、複雑な心境になった。

 そんな彼女の前ではシグルーンがベッドの上で半身を起こし、太股の上にすり鉢を置いてゴリゴリと何やらすり潰している。

 それをルーフとメリジューヌが、ベッドの脇の椅子に座して退屈そうに眺めていた。

 

「……何をしておられるのですか?」

 

「どうやらいつまでも寝ていられるような状況ではないみたいだから、早く体調を回復させる為に薬を調合しているのよ。

 もうすぐ邪竜が攻めて来るみたいだしね」

 

「ええっ、邪竜が!? 

 皆さん何を落ち着いているんですかっ!?」

 

「慌てたって仕方がないですよ」

 

 慌てたアイゼルンでに対して、ルーフは言う。

 まあ、事実としては確かにそうなのだが、だからと言ってそう簡単に落ち着けるものではない。

 彼も気弱そうに見えて、なかなか肝が据わってきたようだ。

 伊達に竜に関わった所為(せい)で、幾度となく死にかけた訳ではないということか。

 

「では、取りあえず騎士団に、城の警護を強化するように命じませんと!」

 

 慌てて部屋を出ていこうとするアイゼルンデ。

 だがシグルーンは、彼女を引き留める。

 

「待ちなさい。

 あなた達は避難した住民のところで、待機していなさい」

 

「し、しかし」

 

「私はね、竜の怖さを知っているから言っているのよ。

 可愛い孫を、死地に向かわせたくはないの」

 

「でも、それじゃあ、私達が役立たずみたいじゃないですか! 

 確かにフラウみたいに、特別(・・)じゃないかもしれないけど……。

 それでも私達も、お祖母様の血を受け継いだ騎士なのですよ!?」

 

 アイゼルンデは悔しげな表情で、祖母へと訴えかける。

 そんな彼女の言葉を、シグルーンは優しく微笑みながら受け止める。

 

「分かっているわよ。

 フラウだけが特別だなんて、思ったこと無いわ。

 だから、あなた達は住民達と一緒にいてあげて。

 私だけの力では、住民達の警護まで手がまわらないの。


 もしも城へ邪竜の侵入を許してしまった時は、あなた達が頼りだからね。

 重要な仕事よ。

 装備も封印してある7振りの斬竜剣の内、6振りまでは持ち出すことを許可するわ」

 

 その言葉にアイゼルンデは暫し押し黙ったが、やがて意を決したように顔を上げ、

 

「わ……分かりました。

 住民達へは竜の指1本たりとも、触れさせたりはしません!」

 

 と、力強く宣言した。

 そんな彼女の表情には、明るさが戻っている。

 アースガルの最終兵器の使用まで許可をされたのだ。

 その責任の重さと同時に、シグルーンからの信頼の厚さも感じることができたのだろう。

 

 そして意気揚々と部屋から出ていくアイゼルンデの背を見送り、シグルーンは大きく溜め息を吐いた。

 

「上手く丸め込めたようですね」

 

 メリジューヌのそんな指摘を受けて、シグルーンは苦笑した。

 

「あの()達には悪いけれど、できるだけ邪竜の相手をさせたくはないわ。

 200年前だって、たった10匹かそこらの中位の竜を相手に、わずか1時間足らずで国が投入した兵員の半数が戦死したのよ。

 

 しかも今度は上位の竜も出てくるでしょうし、その上、100や200ではきかない数がこのアースガルへ向けて押し寄せてくるのが感じ取れる……。

 正直私にもどうしたらいいのか、分からない状況ね。

 まともに()り合ったら、確実に全滅よ」

 

 シグルーンは半ば開き直ったように明るく言った。

 が、すぐに表情が暗く沈んでくる。

 

「せめてザンさん達が、早く帰ってくればいいんですけどね……」

 

 ルーフも暗い表情で呻くように言った。

 

「あまり期待できないわね。

 だから何か作戦を考えなきゃ、いけないんだけど……」

 

 シグルーンは考えた。

 しかし何か妙案が思い浮かぶ気配は無い。

 仕方無しに思考を継続しながら、とりあえずすり粉木(こぎ)をゴリゴリと動かす。

 ゴリゴリ、ゴリゴリと、ともすれば苛ついて神経が摩耗しそうになる音のみが室内に鳴り響き続けていた。

 

「…………まだ、1度も試したことがないのですが……」

 

 やがてメリジューヌが、おずおずとした調子で口を開く。

 

「この城を守ることだけなら、できるかもしれません」

 

「……本当に?」

 

 シグルーンは意外そうな表情で、メリジューヌを見遣る。

 この城にも強力な防御結界を、構築する魔法装置は存在する。

 しかしそれで上位竜の攻撃を防ぐことは、ほんの短時間であっても難しいだろう。

 それでも防御はこれに頼るより他は無いと、シグルーンは考えていた。

 

 もしも他に最良の方法があるのだとすれば、攻撃を受ける前に敵を殲滅する――所謂(いわゆる)「攻撃こそ最大の防御」だが、これは敵が少数で無い限りは不可能だ。

 

 それどころか、幾百もの邪竜を相手とする今回の戦いでは、城の原形を留めさせることができるかどうかすらも怪しい。

 この戦いにおいては、攻撃以上に防御の方が難しいのは明白であった。

 それを理解した上で、メリジューヌは提案しているのだろうか?――と勘ぐりたくもなる。

 

「ともかく、いきなり本番になってしまいますが、試してみる価値はあると思います」

 

 メリジューヌの顔は、強い決意の色で彩られていた。

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