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―名 刀―

 フラウヒルデは、「ラインの黄金」では性能が不足している──と、再び他の剣を物色し始めたが、この場にある武具の数は、100や200ではきかない。

 これらの中から最良なものを選ぶことは、本職(プロ)の鑑定人でも難しいだろう。


 だが場合によっては自身の命運を左右する物なのだから、可能な限り上質な物を選びたいというのがフラウヒルデの本音であるはずだ。

 しかしそれは、簡単な話ではない。

 

 だからフラウヒルデは、頭から湯気を吹き出しそうなほどに懊悩(おうのう)した。

 そしていっそのこと、目を閉じて適当に選んでみようか、などと考える。

 それは殆ど運任せの手段だが、戦いを生き抜く為には、運も重要な要素であることも確かだ。

 

 もっとも、ハズレを引く危険(リスク)が大きいので、さすがにそれを実行しようとは思わないが、精神を落ち着かせる為にフラウヒルデは軽く目をつむる。

 すると――、

 

(……なんだ?)

 

 果たしてそれは幻聴の(たぐ)いか、フラウヒルデは誰かに呼びかけられたかのような感覚を覚えた。

 その正体を探る為に彼女が意識を集中させると、どういう訳かこの場にいる人間以外の気配を感じる。

 彼女は目を開き、その気配の方に視線を移した。

 

「これは……」

 

 そこにはかなり刃渡りの長い、一振りの刀が立てかけてあった。

 見た目は他の武具と比べて、特別に目立った特徴はない。

 だが、その刀から発せられる気配は、ともすれば人間が発するそれと同等ともいえるほど明確なものだった。


 まるでその内に秘められた巨大な力の波動が、外部に漏れだしているかのようである。

 いや、間違いなくそうなのだろう。

 フラウヒルデはその刀を手に取ろうと、腕を伸ばした。

 すると刀が自ら彼女の(てのひら)に収まろうとしているかのように、倒れかかってくる。

 

「……軽い」

 

 フラウヒルデが手にした刀は、その長い刀身に反して、驚くほど軽かった。

 そして彼女がわずかに刀身を鞘から引き抜いてみると、炎のような形状をした文様が浮かぶ刀身が姿を現す。

 彼女の顔を映し出す研ぎ澄まされた刃には、あらゆるものを斬り裂く冷たさと同時に、何故か人の温もりのような暖かみも感じさせた。

 

「バ……バルカン殿! 

 この刀を頂戴しても、よろしいでしょうか?」

 

「ほう!」

 

 フラウヒルデの申し出に、バルカンは唇の端を吊り上げた。

 

「本当にそれでいいのか? 

 刀ならまだ他にもあるが……」

 

「いえ、これがいいです。

 おそらく、これ以上の刀はありません……!」

 

 フラウヒルデは魅入ったように刃を見つめながら、そう確信した。

 

「……いい目をしている。

 そいつは今のところ、俺の最高傑作だ」

 

「最高傑作!?」

 

「あの王神剣よりもか……!?」

 

 バルカンの言葉に、ザンとファーブは驚愕する。

 だが、それも当然だろう。

 バルカンの最高傑作――それは、使用者の実力次第では、この世のいかなる者をも倒し得る力を有していることを意味していた。

 たとえそれが神であってさえも──だ。

 

「名は『焔天(えんてん)」。

 炎の力を自在に操り、使う者の実力次第ではあらゆる物質を斬り裂く」

 

「いいなぁ~。

 それ、私も欲しいかも」

 

 ザンは物欲しげに焔天に視線を送った。

 しかしバルカンは、

 

「やめておけ、あれは斬竜剣よりも扱いが難しい。

 力は有り余るほどあるが、それ(ゆえ)に細かな闘気のコントロールができていないお前では、その実力の半分も出し切れん。

 絶妙な気のコントロールさえできていれば、この世に斬れぬものはないがな……。

 そこの嬢ちゃんにも荷が重いかもしれんぞ?」

 

 と、忠告する。

 しかしフラウヒルデは不敵に笑う。

 

「なおのこと結構。

 ただ刀の力を借りて得た能力(ちから)は、真の強さたりえません。

 私がまだこの刀に相応(ふさわ)しくないと言うのならば、相応しくなるように修練を積むのみです!」

 

 そんな彼女の言葉に応えるかのように、焔天は微かに振動する。

 

「……!!」

 

「ふん、本格的に気に入られたようだな。

 その刀には魂を込めてある」

 

「……分かります」

 

 フラウヒルデは、神妙に頷いた。

 

「持っていきな。

 焔天が認めなければ、お前さんはその刀に触れることすらできなかったはずだ。

 お前さんがそれを手にした瞬間に、もう焔天の(あるじ)となる資格を得ている」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 フラウヒルデは深々と頭を下げた。

 しかし暫くして、ややきまりが悪そうに顔を上げる。

 

「あの……図々しいお願いではありますが、私は二刀流故、もう一振り剣を頂戴したいのですが……」

 

 その要求にバルカンは一瞬表情を固まらせたが、すぐに豪快な笑い声を上げた。

 

「ワッハッハッハ! 

 俺の最高傑作を手に入れて、まだ足りぬと言うか。

 いいだろう」

 

 バルカンは無数に並ぶ剣の中から一振りの剣を抜き取り、フラウヒルデに手渡す。

 

「新作だ。

 光の力を自在に操ることができる『光烈武剣』。

 使いこなせば、斬竜剣以上に役に立つだろう」

 

「重ねがさね、ありがとうございます!」

 

 フラウヒルデは満面の笑みを浮かべ、踊り出さんばかりに喜んだ。

 実際、頭上に焔天と光烈武剣を掲げて、天に感謝しているかのようなポーズとった彼女は、今にもクルクルと回り出しかねない。

 

「面白い奴だな、お前の従妹(いとこ)……」

 

「いや、まあ……。

 でも、いいなぁ~。

 フラウヒルデばっかり色々貰って……」

 

 と、ザンはなにやら期待感に満ちた視線をバルカンに送ったが、彼はそれを一蹴する。

 

「うるさい! 

 お前さんの剣の修理は、無茶苦茶手間がかかるんだ。

 こっちが何か貰いたいぐらいだわい」

 

 そうバルカンは怒鳴るなり、おもむろに鍛冶場へ向かう。

 

「……どれくらいかかる?」

 

「不眠不休で3日ってところじゃな」

 

 ことも無げな口調でバルカンは言うが、普通の人間ならば確実に疲労で倒れるような重労働である。

 それを引き受けてくれたことに、ザンは感謝してもしきれない想いだった。

 

「済まない……」

 

「構わん。

 剣の方も蘇りたがっているしな」

 

「剣が?」

 

 バルカンのその言葉に、ザンは(いぶか)しげに眉を動かす。

 

「なぁ……リザン。

 以前のこの剣は不幸だったぞ。

 ただ復讐の道具としてしか、扱われていなかったからな」

 

「…………」

 

 バルカンの重い言葉に、ザンは返す言葉がなかった。

 

「だが、さっきのお前さんを見る限り、今は供に死線をくぐり抜けてきた相棒としてこの剣を扱っているようだ。

 そしてな……武器といえども、本当は何かを守るために使われるのが、1番幸せなんだよ」

 

「……剣の……幸せ」

 

「ああ……、今のお前さんなら剣にそれを与えてやれる。

 この剣もまたお前に使われて、幸せになりたいってよ。

 だから、必ずこの剣は蘇る。

 以前よりも更に強くなってな」

 

「……ありがとう」

 

 ザンの口からは自然と感謝の言葉が漏れた。

 

「ふん、少し前の剣を使い捨てにしかねないようなお前さんのままだったら、こうも労力を割く気にはならなかったがね。

 変わったよ、お前さんは。

 いや、元に戻ったと言うべきか……」

 

 バルカンは一瞬、何かを懐かしむかのような表情を浮かべたが、すぐに表情を引き締める。

 これから彼にとっての、長い戦いが始まるのである。

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