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―懐かしき友―

 坑道の中から出てきたのは、全長が10mに満たないという竜としては小型のタイプの存在だった。

 (うろこ)緑色(りょくしょく)で翼は持たず、どちらかというと蜥蜴(とかげ)のような印象がある。

 緑竜(グリーンドラゴン)と呼ばれる種であった。

 

「ああ、下位の竜族だから、そんなに危険な奴じゃないよ。

 その気になれば素手でも倒せるし」

 

「いや……普通の人間にそれは不可能なんだが……」

 

 と、ファーブは突っ込みを入れるが、ザンはキョトンとした表情を浮かべる。

 

「そうか? うちの母様、こいつの親を蹴倒したことあるぞ?」

 

「………………いや、もう驚かん……」

 

 そう言いつつも、ファーブの声はわずかに震えていた。

 

「こいつは私が子供の頃に、親とはぐれて泣いていたところを私が保護したんだ。

 今はバルカンのおじさんに預かってもらっているんだけど、こいつがいるってことは、バルカンのおじさんもまだここに住んでいるってことだ」

 

「はあ……そうですか。

 ……って、この前、地下迷宮で竜を放し飼いにしている母上のことを非常識扱いしておきながら、従姉殿も同類ではないですか……」

 

「え……違うよ。

 昔はもっと小さかったし、今だって上位や中位の竜から比べれば可愛いもんだよ。

 叔母様のとはレベルが違うってば」

 

 と、ザンはかなり心外そうな様子であった。

  確かにシグルーンのように自身の国に攻め込んできた竜を飼おうなどとは、普通の神経の持ち主なら思わないだろう。

 

 ただ、子を奪われたと勘違いした親竜にザンが襲われかけ、それをベルヒルデによって救われたことは黙っておく。

 結果として親竜は逃げ去ってしまい、それっきり子竜と再会することが無かったという事実を想うと、ちょっと胸が痛む。

 

「まあ、ともかく……。

 おーい、フラッペ、元気だったかぁ?」

 

 ザンは旧友との再会を喜ぶかのように、明るい表情で竜に話しかけた。

 

「フ……フラッペぇ……?」

 

 フラウヒルデは、その間抜けな響きの名前に呆れた。

 どうやらこの従姉も、彼女の母や叔母と同様に、あまりネーミングセンスが良くないらしい。

 いやそれ以前に自身が、そのように呼ばれていてもおかしくなかったことを考えると、かなり複雑な心境になった。

 

フラ(・・)ッペ……フラ(・・)ウヒルデ……微妙なところだったな……)


 そんなフラウヒルデを余所(よそ)に、ザンは竜に語り掛ける。

 

「バルカンのおじさんに用があるんだけど、ちょっとそこ通してくれないか、フラッペ?」

 

 しかし竜は、ザン達に警戒心一杯の視線を送りつつ、坑道の入り口をその巨体で塞いでいた。

 時折「シュ~」と威嚇音すら発している。

 

「あり?」

 

 思わぬ反応に、ザンの頬がわずかに引き()った。

 

「忘れられたんじゃないのか、お前?」

 

 そんなファーブの指摘に、ザンは驚愕する。

 

「なんだってぇ!? 

 そりゃあ、ここに来たのは何十年かぶりだけど、だからって忘れることないじゃないかぁ!」

 

「いや、忘れられて当然でしょう、それは……」

 

 そんなフラウヒルデの突っ込みを背に受けつつ、ザンは泣きそうな顔で竜に歩み寄っていく。

 

「ホラ、思い出せよ! 

 子供の頃、一緒に遊んだ仲じゃないか。

 それにあんたが私に噛みついた時、それに怒った母様に殺されかけたのを、(かば)ってやったりもしただろぉ……?」

 

「ウ……ウゴ?」

 

 ザンは必死に竜に語り掛けるが、竜はまだ困惑顔だ。

 

(というか、何やら凄惨な幼児期の体験を、さらりと口にしたような……)


 と、フラウヒルデも困惑する。

 

「ひょっとして、お前の表情が豊かなのがいけないんじゃないか? 

 この竜にとっては、感情を無くして無表情だった頃のお前との付き合いの方が長いだろう? 

 だから今のお前の顔を見て、混乱しているのかもしれんなぁ」

 

「そ……そうなのか?」

 

 いちいち的確なファーブの指摘を受けて、ザンは途方に暮れた。

 昔の自分を演じて竜の記憶を蘇らせようにも、今更無表情の顔などやろうと思ってできるものではない。

 

「と……、とにかく、そこ通してくれよぅ! 

 バルカンのおじさんに、急ぎの用があるんだよぉ!」

 

 そんな切羽(せっぱ)詰まった呼び掛けにも、なかなか竜には通じてくれない。

 最早、「実力行使して通るしかないのかも」、とザンが諦めかけた時――、

 

「なんじゃ、騒々しい。

 フラッペ、ちょっとそこを退()け」

 

 坑道の奥から声が聞こえる。

 竜はその声に素直に従い、道をあけた。

 すると坑道の奥から、鈍重そうな動作で1人の男が姿を現した。

 

「一体こんな僻地に誰が来たというじゃ……おお!」

 

「おじさん!」

 

「おお……ベーオルフのところの嬢ちゃんじゃないか。

 久しぶりじゃなぁ」

 

 ザンの姿を認め、男は無骨な顔に笑顔を浮かべた。

 この男こそが斬竜剣の制作者であり、他の追随を許さぬ武具製作の技術を誇るが故に、「鍛冶の神」との異名で呼ばれることもあるほどの男――バルカンである。

 バルカンはローマ神話の火の神「ヴァルカン」がモデル。「ヴァルカン」はギリシア神話の鍛冶神「ヘーパイストス」とも同一視されています。

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