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―絶海の孤島へ―

 見渡す限りに広がる海――。

 波も(まば)らな青い水面に、小さく点のような影落とす存在が一直線に進んでいく。

 小さな点――(いな)、実際には10mを超えるのだが、水平線しか望めぬ周囲の広大な風景から比ぶれば、やはり点に見えても仕方があるまい。


 その影は空を飛翔する白い竜――ファーブが水面に落とした物だった。

 彼はかれこれ数度にわたって転移魔法を繰り返しているが、さすがに魔力が尽きたらしく、この大海を渡りきるには至っていない。

 今は翼による飛翔によって目的地を目指している。

 

 その背にある人影はいつもの顔ぶれよりも若干少なく、そこにはザンとフラウヒルデの姿しか確認できない。

 ルーフは難民達の怪我の治療にあたる為、アースガルへ居残りとなった。

 彼の絶大な治癒能力を、この機会に活かさない手は無いだろう。


 そしてメリジューヌもタイタロスの民を放っておけるはずもなく――また、シグルーンと共に転移させられていた為に、辛うじて消失を免れた父の遺体を埋葬する為、同様にアースガル城へと残った。

 

「…………」

 

 ファーブの背に乗るザンは、なにやら不機嫌そうな表情で黙していた。

 ここ数ヶ月の間、いつも一緒にいたルーフが側にいないことに対して、無性に寂しさを感じているようである。

 

 それに父ベーオルフのこともあるが、それは深く考えないようにしている。

 考えれば平静を保っていられないことが、分かり切っているからだ。

 現状では父を助け出せるあてなど無く、ただ泣くことしかできないだろう。

 だから、考えない。

 

 そんなザンとは対照的に、フラウヒルデは初めて海を見るということで、表情を輝かせていた。

 時折「うむ、風流だ」とか「(みやび)だ」とか「(いき)だ」などとつぶやいているが、果たして何処まで意味を理解した上での発言なのかはかなり怪しい。

 それ故にザンは、呆れ顔で従妹(イトコ)の言葉を聞き流していた。

 

(最近思うんだけど……うちの一族って馬鹿ばっかりかも……)

 

 なかなか的確な認識であった。

 もっとも、その「馬鹿」の中に自分自身が加わっていないのは、大きな間違いではあるが……。

 

 ともかくそんなザン達を背に乗せて、ファーブはかれこれ1時間近く飛んでいた。

 音速を超える速度(そくど)で飛ぶ彼の背は、さほど乗り心地の良い座席とは言いがたい。

 それどころか、ちょっとでも油断すれば振り落とされかねなかった。


 いかに下が海だとはいえ、この飛行速度の勢いで海面に激突すれば、普通の人間ならば確実に即死だろう。

 それどころか身体が粉微塵に消し飛んで、遺体が残るかどうかすら怪しい。

 そんな速度で1時間――。

 

「見えた!」

 

 ようやく目的の島が見えてきた。

 それはまさに絶海の孤島と呼ぶに相応(ふさわ)しい小さな島で、おそらく2時間もあればその外周を徒歩で踏破することも不可能ではないだろう。

 それほど小さな島であった。

 故に、村などの民家は当然の如く存在しない。

 

 ただ、島の中心にそびえる山の中腹に、坑道の入り口のようなものが見える。

 しかしそれも小さな規模で、大人数が採掘にあたるような大仰なものではない。

 個人で使う量の鉱物を採掘できればそれでいい──と、言った感じである。

 

「ファーブ、あそこに降りてくれ」

 

「分かってるって、俺も前に来たことがあるんだから……」

 

 ファーブは坑道の入り口付近に、ゆっくりと降りていった。

 そしてザン達を降ろすなり、青年の姿に変じる。

 

「それにしても、こんなところに……バルカン殿と言いましたか? 

 その御方が住んでいるとは、(にわか)には信じられませんなぁ」

 

 フラウヒルデは、率直な感想を述べた。

 周囲には住居のようなものが、一切見受けられないのだから無理もない。


 となれば、この坑道にしか彼女達の目的とする人物の住処(すみか)は有り得ない。

 しかしこのような場所での生活が、真っ当な人間の暮らしと言えるだろうか。


 少なくとも「自分にはこんな穴ぐらでの生活には、耐えられる自信がない」とフラウヒルデは思った。

 もっとも、野宿に慣れているザンでさえも、ここで何十年も暮らしているであろうバルカンのことを凄いと思うのだから、それは仕方のないことではあるが。

 

「まあ、バルカンのおじさん、大地の妖精族(ドワーフ))みたいな人だったからなぁ……。

 こういう洞窟みたい所とか好きなんだよ」

 

「そ、そうですか。

 ともかく早く、そのバルカン殿が中にいるかどうかを確認してみましょう」

 

 と、フラウヒルデは先陣を切って、坑道に入っていった。

 どうやら武具収集が趣味であるらしい彼女にとっては、斬竜剣を造ったという人物にかなり興味をそそられているようだ。

 

「あ……」

 

 しかし、ザンとファーブはフラウヒルデに続かず、そのまま彼女の背を見送った。

 そして、坑道の中に呼びかける。

 

「え~と、言い忘れてたんだけどねぇ~」

 

 ザンのその言葉が終わらない内に、フラウヒルデが血相を変えて坑道から飛び出してきた。

 かなり度肝を抜かれている様子だ。

 

「な、なにやら、中に大きいのがいますよっ!?」

 

「うん、門番みたいのがいるから」

 

 そして、フラウヒルデの後を追うように、坑道の中から10m近くはあろうかという生物がのそりと姿を現した。

 その蜥蜴(トカゲ)のようでいて、蜥蜴にはありえない巨大な体躯はまさしく――、

 

(ドラゴン)ですか!?」


竜の姿がそこにあった。

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