―少年と青年―
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アースガル城は喧噪に包まれていた。
突如現れた1万人近い難民を受け入れた為に、城の中は混乱状態に陥っている。
しかし、難民達に対応する戦乙女騎士団の手際はなかなか良かった。
薬や食料などの物資も十分とは言いがたいが、それなりの量が用意されている。
あらかじめ準備していたとしか思えない。
ザン達は混雑する城の中で、ようやくアイゼルンデの姿を見つけて、そのことを問いただすと、シグルーンの指示があったのだという。
彼女の話によると、シグルーンは気を失った状態で、城の正門前に倒れていたらしい。
一度は意識を取り戻したものの、起きあがれるほどには未だに回復していないそうだ。
「今はまだ自室で、眠っていると思いますわ」
アイゼルンデはそれだけを言い残すと、慌ただしく避難民達への対応に戻っていった。
彼女も皆が無事に戻ってきたことは嬉しいのだろうが、それを喜んでばかりもいられない。
優先すべき順位を間違えないで、自身の為すべき職務を全うしようとする姿勢は、さすがシグルーンの孫と言うべきか。
ともかくシグルーンの無事を知ったザン達は、慌ててシグルーンの部屋へと向かった。
「よかった、叔母様は無事だったんだ……」
「ああ、よかったな」
安堵の気持ちを抑えきれないザンの言葉に、ファーブは心底から同意したように応じた。
「?」
ザンの顔が訝しげに歪められる。
なんだかファーブの声が、いつもと違うように思えたのだ。
そもそも人目に付きやすい場所において、彼は小さく縮まるなどして身を隠しているのが常だ。
まあ、この城内においての彼の存在は公然の秘密状態ではあるが、それでもファーブが人目につく場所で姿を隠さないことは本来あり得ない。
それにも関わらず、発せられる彼の声がハッキリと聞こえるということは、彼がある程度の人目につくような大きさのサイズでいることを物語っている。
「な? 姿を隠してないのか、お前…………なぬ!?」
と、ザンがファーブの方を見て目を点にした。
ついでに言えば、それ以前にファーブの姿を確認しているルーフ達も、完全に茫然とした表情で佇んでいる。
そこには全体的には整った容姿をした、5歳ぐらいの男の子の姿があった。
瞳の色が金色で、額には青い宝石が付いているなどと、どことなく竜であった時のファーブの面影を残している。
「…………ファーブ……なのか?」
恐る恐るといった感じで、ザンはその男の子に呼びかける。
「ああ、竜の姿だと羽や尻尾があるぶん、かなり縮まっても、どうしても目立ってしまうからな。
ならばいっそのこと、人間に化けた方が目立たないと思ってさ」
「そ、そうか……あの……なんて言うか……」
ザンはなんだか、気圧されたかのように暫し黙り込んだ後、
「お前って……こんなに可愛かったんだなぁ~」
と、目を潤ませつつファーブに接近していく。
「まあ、俺の年齢を人間に換算すると、実際にこのくらいだからな」
「そうだったのか~。
うあ~可愛いなぁ~」
ザンはついにファーブの頭を撫で始めた。
確かに他の人間から見ても、今のファーブの姿は可愛い。
しかも髪が銀色な上に、ザンの父親と似た髪型の所為もあって、彼女に必要以上の親近感を抱かせる結果となっていた。
おそらくザンが、彼に抱き付くのも時間の問題だろう。
傍目に見ても今のファーブの姿は、ザンのウケを狙っているとしか思えない。
それを見たルーフは、自分の立場を脅かすライバルの出現と感じたのか、頬をわずかに膨らませている。
一方、このままではザンが暴走状態に突入するのではないかと危惧したフラウヒルデは、
「あの……ファーブニル殿、従姉殿を元気付けようとしてそのような姿をしているのかもしれませんが……。
ちょっと今は急いでいますし、その姿のままで母上の前に出ると面白くないことになりそうなので、せめてもう少し外見の年齢を上げて頂けませんか?」
と、ファーブに要請した。
ザンに加えてシグルーンまでもが同じリアクションを取られてしまっては、進む話も進まなくなる。
「……む、そうか?」
フラウヒルデの言葉話受けてファーブは、渋々と言った感じで今度は20歳くらいの青年に姿を変えた。
「あ……ああ……」
ザンは非常に残念そうに呻いているが、今度はファーブの姿を見たメリジューヌが小さく吐息をついている。
その姿が滅多にお目にかかれないほどの、美形であったからだ。
ルーフはますます機嫌を悪くした。
ともかくそんな一悶着があったりもしたが、一同はシグルーンの部屋へと辿り着いた。
ザン達が部屋に入ると、そこにはベッドに身体を横たえるシグルーンの姿があった。
目覚めているようだが、やはりまだ起き上がれるほどには回復していないらしい。
そして、その姿もまだ子供のままである。
ファーブによると、小さな身体の方が、無駄なエネルギーを消費しなくていいのだという。
「母上……」
シグルーンの無事な姿を確認して、皆は安堵の表情を浮かべた。
フラウヒルデに至っては目を潤ませてさえいる。
が、すぐに一同の間には緊張が奔る。
シグルーンが一同を見る視線が、厳しかったからだ。
「…………あの馬鹿……」
シグルーンはぼそりと呻くように、この場にいない者に対して毒づいた。
その表情からは、微かな悲哀の念が読み取れた。
明日は更新を休む予定です。




