―残された希望―
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メリジューヌが見つけた人間の集団に向かって、ファーブはすぐさま降下してゆく。
その数は1万人には届いていないようだが、それでも数千人はいるだろうか。
武装した者は殆どおらず、多くは民間人であるようだった。
しかも何らかの災害に被災したのか、その大半が負傷している。
「何処かからの避難民か……」
それを認識して、ザンはわずかに表情を明るくした。
何処から逃れてきた避難民なのか、それはすぐに見当がついたからだ。
避難民達は大慌てで逃げまどう。
空から突然に竜が飛来してきたのだから、当然だろう。
大げさな話ではなく、たかが1匹とて竜の実力をもってすれば、今ここにいる全員が皆殺しにされたとしてもおかしくはないのだ。
そんな逃げまどう人々の間から、民衆を庇うように武装した一団が現れた。
一般人の退避が終わるまで、ファーブを食い止めるつもりらしい。
その行為は勇敢ではあるが無謀でもある。
その一団の中に見知った顔を見つけたメリジューヌは、ファーブの足から飛び降り、着地するとその者のもとへと駆けだした。
「シン!」
ファーブに戦いを挑もうとしていた兵士の1人――シンと呼ばれた青年は呆けた表情でメリジューヌと対面する。
「良かった、生きていたのですね!」
シンの手を取りメリジューヌは、喜びの涙で瞳を濡らす。
彼はメリジューヌのお供として、アースガルに出向いた3人の兵士の内の、唯一の生き残りである。
その顔はザン達にも見覚えがあった。
「で……殿下?」
シンは暫く戸惑った表情をしていたが、ようやく目の前の少女がメリジューヌであると認識できたようだ。
彼女の髪をまとめていた髪留めが紛失してしまった為に、その印象が随分と変わってしまった所為もあるが、なによりも彼女が目を開いているところなど初めて見たのだ。
一瞬、誰なのか思い当たらなかった。
「で、殿下!
よく御無事で」
「はい! あなた達こそよく無事で」
「はい……い、いえ、突然の大地震でおびただしい犠牲者が出てしまいました。
なんとか生き残った人々を集め、転移魔法でこの地に避難させようとしましたが……。
動く死体の襲撃により、ここにいる者達を逃がすのが精一杯で……。
まだ他にも沢山の人々が、生き残っていたはずなのに……。
これでは留守中の陛下に顔向けできません……」
と、シンは沈痛な面持ちで、深々と頭を下げる。
「いえ……いえ……いいのです。
よくやってくれました。
それに……避難が遅れていれば、間違いなく誰も生き残れなかったでしょう……」
メリジューヌは、喜びと悲しみが入り交じった複雑な表情で小さく首を左右に振った。
そんな彼女の様子を見て、シンの顔に怪訝な表情が浮かぶ。
「殿下……?」
「あなた達も感じたはずです、あの巨大な衝撃を……。
最早皇都には何もありません。
皇都は……竜の攻撃によって、お父様の命と共に完全に消滅しました」
「――――!!」
メリジューヌの言葉にシンは、返すべき言葉を失う。
国の首都が消滅し、そして同時に王も失ったのだ。
皇国に終生の忠誠を誓った彼には、大きすぎる衝撃であった。
だが、父を失ったメリジューヌが受けた衝撃の方が、シンよりもはるかに大きいであろうことは間違いない。
彼女は顔を涙で濡らし、しゃくり上げるような嗚咽の声を漏らしている。
「で、殿下……」
シンはメリジューヌを気遣い、慰めの言葉をかけようとしたが、何をどうすれば彼女を慰めることができるのか分からなかった。
さすがに身分の差を考えると抱きしめる訳にもいかないが、外見上は小さな少女である彼女に対してそうしたい衝動に駆られる。
しかしメリジューヌは、嗚咽をあげながらもわずかな笑顔をシンへと向けた。
「シン……気遣いは無用です。
確かに今、とても悲しく辛い……。
でも、それ以上に……あなた達が生きていてくれたことが、とても嬉しいのです。
ありがとう……今の私にはそれだけで充分です……」
そしてメリジューヌは、シンの胸に身体を預けるようにして泣き続けた。
結果シンは顔を紅く染めながら、棒立ちの状態で硬直してしまう。
そんなメリジューヌ達の様子を、ザンもまた嬉しそうに目を細めて眺めていた。
「ファーブ、アースガルへの転移魔法を用意してくれ」
「もういいのか?」
「ああ……。
もう呆けている場合じゃないさ。
避難民をアースガルへ運んで、怪我の治療を受けさせなきゃならないし……。
それに今のメリジューヌの姿を見て思ったんだ。
まだ希望を捨てるのは早いってね……。
叔母様達も無事に脱出して、もう城に戻っているかもしれないし、まずはそれを確かめないとな」
「そうだな……。
しかし、これだけの人数を転移させるのは、少々骨だな」
ファーブはそうぼやきつつも、ザンが多少なりとも元気を取り戻したことが嬉しいのか、その顔は笑っていた。




