―邪なる天使―
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「伝令?」
謎の少年の言葉に、ティアマットは訝しげに表情を動かす。
「うん、そうです。
僕の名前はラーソエル。
取りあえず復活おめでとうございます、ティアマット様。
復活早々に恐縮ですが、我らが神のお言葉をお伝えに参りました」
「神とは……まさかあの御方か」
ティアマットの表情が<わずかに緊張で強張る。
「はい、……いえ、我らが神はまだ半分眠っていますので、正確にはその使徒たるボクの造物主シルファ様のお言葉ですが」
「なんじゃ……私はあの御方以外の命令を、聞くつもりははないぞ。
早々に去るが良いわ」
「おやおやぁ~?
そんなこと言っていいんですかぁ?
確かに直接ではないにしても、これは間違いなく我らが神の御意思なんですよぉ。
あまり逆らわないほうがいいのでは?」
「そなたこそ、使いっ走りの分際で、私に生意気な口を叩くでないわっ!」
ティアマットはラーソエルに向けて火球を放った。
しかし、彼は平然とそれを受け止め――いや、火球は彼に到達する前に、まるで幻であったかのようにかき消えた。
「ボクに魔法は効きません」
ラーソエルは無邪気そうに見える――だが、どことなく人を馬鹿にしているかのようにも見える笑顔で胸を張った。
「魔法無効化能力か……」
それは無条件で魔法の効果を打ち消すという、特殊な能力であった。
魔法――即ち術者の意思に従って引き起こされる発火・落雷・氷雪を始めとする自然現象だが、その発現の原動力となるのは、多くの場合精霊の力である。
ちなみに広義と極論で言えば、神や悪魔も高位の精霊の一種だと言える。
その精霊に魔法を扱う術者以上の支配力をもって、術の効果が発現しないように働きかけて無効化させる――理屈としては簡単であるが、その能力を容易く扱える者は、竜種の中でも少ない。
ましてや、ティアマットの術を無効化できる者など、存在しないであろう。
「あまり調子に乗らない方がいいと思うよ。
ボクは全然だけど……、ボクの創造主やその同胞の方々の中には、あなた以上の実力を持っている人も何人かいるからね。
我が儘を言って他の方々への心象を悪くすると、後々立場が悪くなるかもよ?」
「おのれぇ……!」
ティアマットの顔に不快の色が浮かぶが、彼女はそれ以上の行動には移らなかった。
それを彼女が折れたと解釈したのか、ラーソエルはご機嫌な様子で言葉を続ける。
「は~い。
それでは我が神のお言葉をお伝えします。
まずティアマット様には、我らが神が復活するまでの期間、この世界の支配権を認めます」
「世界の支配権か……気前の良い話じゃな。
しかしそれは、いつまでのことじゃ?」
「正確にはなんとも……。
でも、長くても千年以上ということはないでしょう」
ラーソエルは小さく肩を竦め、軽く溜め息を吐いた。
その様子から、彼らが崇める神の復活が、まだかなりの時間を要することを窺わせた。
もっとも、無限の寿命を有する神にとっては、ほんの刹那の時間に過ぎないのであろうが──。
「ともかく、それまでの期間、世界の支配権を認めます。
ただしその支配は、持続させなくてはなりません。
もしもこの世界を滅ぼすようなことがあっては、我らの神がこの世界に降臨する意味が無くなってしまいますからね。
そして我らが神が降臨なされた暁には、速やかにこの世界の支配権をご返上下さいませ」
「ふむ……なるほどな。
我が手で世界を滅ぼすことができぬのは、少々惜しくはあるが……。
しかしこの世界の支配の障害となる、竜族共を滅ぼすくらいならばよかろう?」
ティアマットは鬼気迫る笑みを浮かべた。
彼女にとって竜族の根絶だけは、何者にも譲れないものだったのだ。
もしもそれが認められないのであれば、彼女はたとえ神の命令であったとしても逆らうことを厭わない――そんな笑みである。
「それはまあ、ご自由に。
要は世界を決定的な破滅に追い込まなければ、いいだけですから」
「それを聞いて安心したわ」
と、ティアマットは鬼気を含んだ笑みを収めた。
「はい、そして最後に一番重要なことです。
世界の支配権を認めることは、これの報酬だと思って下さい」
「ほう……世界の支配が報酬とは……。
一体私にどんな大それたことを、させるつもりなのじゃ?」
「それはこの世界と、魔界の空間を繋ぐことです」
「…………!」
ラーソエルの言葉を聞き、ティアマットの顔色が変わった。




