―到 達―
9章のプロローグなので短めです。
広大無辺の如く焦土が広がっていた。
辺りには焼き焦げた大地と空以外には何も見えない。
いや――、
焦土から5mほど上空に、何かが揺らいでいる。
焼けた大地によって熱せられた大気が発生させた、陽炎の類いではないだろう。
何故ならば、その揺らぎは渦を巻いていたのだから。
しかも平面的にだ。
それはまるで、空に何らかの映像を投影しているかのようにも見えた。
本来は起こりえぬ現象である。
そして起こりえぬ現象は更に続く。
空間に生じた渦の中心――そこより何者かが浮かびあがってくるのだ。
そして、30分近い時間をかけて、それは完全にこの世界に姿を現した。
それはきょとんとした顔で周囲を見渡し、一拍遅れて大きく深呼吸をする。
まるで生まれたばかりの赤子の産声のようにも見えるそれは、事実この世界に出でて初めての呼吸だった。
暫くして、それはまだあどけない顔にかすかな笑みを浮かべる。
無邪気なように見えて、その裏側に残虐性を秘めた笑みは、その幼さ故だろうか。
「ふ~ん、予定よりちょっと早く着いたみたいだね。
誰かが立て続けに空間を歪曲させて場が不安定になったから、壁抜けが楽になったってところかな」
それは見た目の幼さにはそぐわない、高い知性の光を目に宿し、薄暗い雲が淀む空を見上げて、更なる笑みを顔に浮かべた。
空の雲は急速に流れ、そして増殖しながら灰色を増し、その大気の不安定さを物語っている。
また、かすかに灰のような物が大地に降り注いでおり、それは既にことが起こった後だということを示していた。
「もう始まってるんだ」
それは背中の一対の翼を広げ、空に舞い上がる。
「さぁ~て、早くお仕事を終わらせて……その後は何して遊ぼうかな?」
それは陽気に笑いながら宙を舞う。
くるくると回転したり、急降下と急上昇を繰り返したりしながら、自らの主と同種の気配を放つ存在のもとへ向けて、楽しげに、しかしおそろしく速く飛んでゆく。
仮にその姿を目撃した人物がいたとするのならば、その者はどのような想いを抱いただろうか。
多くは畏れ敬いの念を抱いたに違いない。
何故ならばそれは、明らかにある存在の姿に酷似していたのだから。
神話に伝わる、神の使徒――天使の姿に。
ただそれは、翼が漆黒の色に染められていることを除けば──だが。




