表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
302/430

―閑話 受け継がれしもの9―

「フ……フラウ?」


 茫然と(たたず)むシグルーンに対して、フラウヒルデは顔も上げずに、しかし力強い口調で言葉を発する。


「母上、この(たび)の失態、誠に申し訳ありませんでした! 

 全てはわたしの不徳の致すところ。

 かくなる上は腹を切って、お詫び申し上げたき所存にて(そうろう)


「…………やめてよ?」


 シグルーンはは力無く突っ込みを入れた。

 娘の口上が芝居がかっているので、完全に本気ではないことは分かっていたが、一応止めてはおく。


(というか……何者だ、この10歳児……)


 娘のあまりにも子供らしからぬ言動に、少々(ひる)むシグルーンであった。


「母上がそう(おっしゃ)るのであれば、わたしはなおも生き恥を重ね、かつ(つぐな)いにこの身を削りゆく覚悟で御座います。

 そこで、(はなは)だ図々しくも、母上に1つお願いが御座います!」


「な、何かしら?」


 シグルーンはわずかに眉をひそめた。

 娘がこれほどまでに低姿勢で願い事をしてきたことなど、かつて無いことだった。

 一体どんな要求が出されるのか不安になる。


「私に剣を教えていただきたい」


「――まだ懲りてないの、あなた!?」


 思わずシグルーンは声を荒らげる。

 フラウヒルデは刀によって、危なく友人の命を奪いかけたのだ、

 もう刃物など見るのも嫌になっているのではないかと、彼女は思っていた。

 しかし、フラウヒルデは剣から遠ざかろうとするどころか、更に近づこうとしている。

 

 もしかしたら、彼女は何も反省していないのではないか。

 いや――。


「十分に懲りました! 

 しかし剣は、捨てるべきではないと心得ました」


 フラウヒルデはキッパリと言い放った。


「民を守る武人を志す者として、やはり剣は必要かと存じます。

 無辜(むこ)の民を脅かす犯罪者との戦いにおいて、力無き正義では太刀打ちできません。

 されど未熟な腕では、無関係の者まで傷つけてしまう。

 この(たび)のことで、それが身に沁みて分かりました。

 だからこそ、わたしに剣を教えてください、母上!」


「………………ハア」


 シグルーンはガックリと項垂(うなだ)れた。

 そして何かを(あきら)めたように深く嘆息し、そして今度はクスクスと小さく含むように笑った。


「は、母上?」


 母の様子を(いぶか)しく思い、フラウヒルデは顔を上げた。

 すると、シグルーンは、慈愛に満ちた微笑みを娘に(そそ)いでいる。


「……全く、あなたは本当にお父様に似ているわね……」


「父上に……ですか?」


 フラウヒルデは父を知らない。

 何故なら父は彼女が生まれる前に、若くして亡くなっていたのだから。

 それどころか、母との正式な婚礼の儀すらも挙げることなく、逝ってしまったのだという。


 そんな父を知らないフラウヒルデではあったが、だからこそ父に対する憧れの念は人一倍であったのかもしれない。

 その父と似ていると言われれば、やはり嬉しい。


「あの人も真摯に騎士道を直走(ひたはし)って、常に沢山の人々を守ろうとしていたわ。

 それはまるで姉様を見ているようだった。

 だから私も惹かれたのかもしれないわね……。

 姉様とあの人の遺志が、あなたにも受け継がれているのね……」


 シグルーンは懐かしむようにしみじみと語った。


「ベルヒルデ様と、父上の意志……」


 フラウヒルデは、噛みしめるようにその言葉を呟く。

 そんな彼女の顔は、見る見る内に明るくなっていった。


「母上、やはりわたしは、武人の道を歩みたいです! 

 父上と同じ道を!」


「厳しいわよ?」


 シグルーンは抑揚なく言った。

 しかし、それが厳然たる事実であるが(ゆえ)なのだと、幼いフラウヒルデにも窺い知れた。

 それでも彼女は──、


「覚悟の上です! 

 それにベルヒルデ様も父上も、そして母上もこの道を歩いて来たのでしょう?」


 (おく)する様子もなく宣言する。


「そうね……そうだったわね」


 シグルーンは娘の言葉を受けて、わずかに苦笑した。


「いいでしょう。

 本当は15歳にならないと駄目なんだけど、特別にあなたが騎士団へ入団することを認めます」


「あ、ありがとうございます!」


 フラウヒルデは再び深々と、土下座する。


 そんな娘の子供らしからぬ姿に、シグルーンは「やっぱり子育て失敗してるかな……」と、複雑な心境になったが、それはすぐに満面の笑みへと変わる。

 娘が自身と同じ道を(こころざ)してくれる――やはりそれが嬉しかったのだ。


(姉様もこんな気持ちになったことがあるのかな……?)


 200年ほど前の姉との別れの日を思い出しながら、シグルーンは更なる笑みを浮かべた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ