―閑話 受け継がれしもの9―
「フ……フラウ?」
茫然と佇むシグルーンに対して、フラウヒルデは顔も上げずに、しかし力強い口調で言葉を発する。
「母上、この度の失態、誠に申し訳ありませんでした!
全てはわたしの不徳の致すところ。
かくなる上は腹を切って、お詫び申し上げたき所存にて候」
「…………やめてよ?」
シグルーンはは力無く突っ込みを入れた。
娘の口上が芝居がかっているので、完全に本気ではないことは分かっていたが、一応止めてはおく。
(というか……何者だ、この10歳児……)
娘のあまりにも子供らしからぬ言動に、少々怯むシグルーンであった。
「母上がそう仰るのであれば、わたしはなおも生き恥を重ね、かつ償いにこの身を削りゆく覚悟で御座います。
そこで、甚だ図々しくも、母上に1つお願いが御座います!」
「な、何かしら?」
シグルーンはわずかに眉をひそめた。
娘がこれほどまでに低姿勢で願い事をしてきたことなど、かつて無いことだった。
一体どんな要求が出されるのか不安になる。
「私に剣を教えていただきたい」
「――まだ懲りてないの、あなた!?」
思わずシグルーンは声を荒らげる。
フラウヒルデは刀によって、危なく友人の命を奪いかけたのだ、
もう刃物など見るのも嫌になっているのではないかと、彼女は思っていた。
しかし、フラウヒルデは剣から遠ざかろうとするどころか、更に近づこうとしている。
もしかしたら、彼女は何も反省していないのではないか。
いや――。
「十分に懲りました!
しかし剣は、捨てるべきではないと心得ました」
フラウヒルデはキッパリと言い放った。
「民を守る武人を志す者として、やはり剣は必要かと存じます。
無辜の民を脅かす犯罪者との戦いにおいて、力無き正義では太刀打ちできません。
されど未熟な腕では、無関係の者まで傷つけてしまう。
この度のことで、それが身に沁みて分かりました。
だからこそ、わたしに剣を教えてください、母上!」
「………………ハア」
シグルーンはガックリと項垂れた。
そして何かを諦めたように深く嘆息し、そして今度はクスクスと小さく含むように笑った。
「は、母上?」
母の様子を訝しく思い、フラウヒルデは顔を上げた。
すると、シグルーンは、慈愛に満ちた微笑みを娘に注いでいる。
「……全く、あなたは本当にお父様に似ているわね……」
「父上に……ですか?」
フラウヒルデは父を知らない。
何故なら父は彼女が生まれる前に、若くして亡くなっていたのだから。
それどころか、母との正式な婚礼の儀すらも挙げることなく、逝ってしまったのだという。
そんな父を知らないフラウヒルデではあったが、だからこそ父に対する憧れの念は人一倍であったのかもしれない。
その父と似ていると言われれば、やはり嬉しい。
「あの人も真摯に騎士道を直走って、常に沢山の人々を守ろうとしていたわ。
それはまるで姉様を見ているようだった。
だから私も惹かれたのかもしれないわね……。
姉様とあの人の遺志が、あなたにも受け継がれているのね……」
シグルーンは懐かしむようにしみじみと語った。
「ベルヒルデ様と、父上の意志……」
フラウヒルデは、噛みしめるようにその言葉を呟く。
そんな彼女の顔は、見る見る内に明るくなっていった。
「母上、やはりわたしは、武人の道を歩みたいです!
父上と同じ道を!」
「厳しいわよ?」
シグルーンは抑揚なく言った。
しかし、それが厳然たる事実であるが故なのだと、幼いフラウヒルデにも窺い知れた。
それでも彼女は──、
「覚悟の上です!
それにベルヒルデ様も父上も、そして母上もこの道を歩いて来たのでしょう?」
臆する様子もなく宣言する。
「そうね……そうだったわね」
シグルーンは娘の言葉を受けて、わずかに苦笑した。
「いいでしょう。
本当は15歳にならないと駄目なんだけど、特別にあなたが騎士団へ入団することを認めます」
「あ、ありがとうございます!」
フラウヒルデは再び深々と、土下座する。
そんな娘の子供らしからぬ姿に、シグルーンは「やっぱり子育て失敗してるかな……」と、複雑な心境になったが、それはすぐに満面の笑みへと変わる。
娘が自身と同じ道を志してくれる――やはりそれが嬉しかったのだ。
(姉様もこんな気持ちになったことがあるのかな……?)
200年ほど前の姉との別れの日を思い出しながら、シグルーンは更なる笑みを浮かべた。




