―閑話 受け継がれしもの8―
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シグルーンは少し気圧されたように、慌てて謝る。
「ご、ごめんなさいね、うちの馬鹿娘がとんでもないことしちゃって。
アイゼはちゃんと治しておいたから、心配ないわ。
フラウには後で、キツークお仕置きをして──」
「いえ」
クレアルージェは更に憮然として、シグルーンの言葉を遮った。
「私が酷いと言っているのは、あなたのフラウへの仕打ちです」
「へ……?
あ!」
ここに至ってシグルーンは、ようやく娘が白目をむいて気絶していることに気が付く。
「幼い子供に気絶するほどの恐怖を与えるとは、あなたこそどういう了見ですか……」
義理の娘に咎められて、シグルーンはしどろもどろとなった。
「で、でも、アイゼにあれだけの大怪我をさせたのだから、少しくらい罰を与えなきゃ……」
「罰ならば、目の前で親しい人間が死ぬかもしれないという、その恐怖を味わっただけで充分かと思いますが。
その辺はお義母様が、一番実感として分かっているでしょうに……」
クレアルージェは溜め息混じりに言った。
「うう……、言われてみると確かにそうね……。
じゃあ、フラウのことは許してくれるのね?」
「許すも何も、これ以上あの子を責めるのは可哀想ですわ。
何せ心に負った傷ならば、アイゼよりも大きいかもしれませんからね。
心の傷は目には見えないし、治癒魔法も効きませんから、癒やすのは大変でしょう。
きっと一生もののトラウマになりますわよ」
「ううっ……」
クレアルージェの言葉は、シグルーンの耳にはかなり痛かった。
さすがに彼女も反省せざるを得ない。
「もしかしたら、もうフラウはあなたに懐かないかもしれませんわね」
「う……それは困る」
「そう思うのでしたら、その子が目覚めたら優しく接してあげることですわね」
クレアルージェの言葉に、シグルーンは拗ねたような表情をしながら無言で頷いた。
これではどちらが年上なのか、分からない。
「……何から何まで悪かったわね、クレア」
「貸し、ひとつですよ」
クレアルージェはそう言って笑う。
「ハイハイ……」
シグルーンは苦笑いしながら応じた。
後でクレアルージェからは、高級なドレスや宝石など、何らかの要求があるだろうと思いつつも、今回作ってしまった彼女への借りへの代償としてならば安い物だろうと納得した。
「それじゃあ、城に戻りましょうか。
クレア、子供達は私が運んでおくわ。
悪いけどあなたは、騎士団に連絡してこの誘拐犯達を捕縛するように手配してくれる?
あと、劇の大道具とかも極秘裏に撤去した方がいいわね。
町のみんなも、犯罪者が演じていた物を楽しんでいたのだと知ったら、気分が悪いでしょうから。
劇団は明日の朝早くに人知れず街を出た……ということにした方がいいと思うの」
「……そう、ですわね」
クレアルージェは同意しつつも、何故義母は普段はこれだけ冷静に物事を判断できるのに、子供達が絡むと見境が無くなるのだろうか……と内心で呆れていた。
「う……」
フラウヒルデが目を覚ますと、そこは自室の布団の中であった。
そんな彼女の脇では、シグルーンが添い寝をしていた。
(ずっと一緒にいてくれたのか……)
フラウヒルデは上半身を起こして、じっと母の寝顔を見つめた。
それはいつもの優しい母の顔と何も変わらない――そのことに彼女は安堵する。
どうやらもう怒っているような様子はなさそうだ。
(しかし……本気で怒った母上が、あんなに恐ろしいとは……)
確かにシグルーンの機嫌を損ねると、誰もが手痛い仕返しを受けることはフラウヒルデも知っていた。
だがそれも母にしてみれば、怒っている内に入っていなかったのだということを、彼女は思い知った。
今日の怒りに比べれば、普段のはちょっと機嫌が悪い程度でしかないのだろう。
正直、母を見くびっていたのかもしれない──と、フラウヒルデは反省する。
只の変人だと認識していた自分が恥ずかしい。
「あら……起きたの?」
フラウヒルデが起き上がった気配を感じとったのか、シグルーンも目を覚ました。
そして彼女も安堵する。
娘が自身を恐れているような素振りを、見せなかったおかげだろう。
「母上、アイゼは……?」
フラウヒルデの問いに、シグルーンは微笑んだ。
まず何よりも先に、友達の安否を気遣う娘の優しい気持ちが嬉しい。
「アイゼならまだ眠っていると思うけど、大丈夫よ。
朝にになれば、また一緒に遊べるようになるわ。
勿論、ちゃんと謝ってからだけどね」
「はい……」
フラウヒルデはわずかに視線を落とす。
やはり友達を傷付けてしまったことへの、罪悪感があるようだ。
だが、それを自覚しているのなら、シグルーンはあえて何も言う必要は無いので、彼女は静かに娘を見守っている。
が、なんとなく間が持てないと感じたシグルーンは、おもむろに立ち上がり、
「あ、何か温かい飲み物でも作ってくるわね」
と、フラウヒルデに背を向ける。
あれだけ激しく叱ってしまった後なので、何か切っ掛けを作らないと会話を弾ませる自信がなかったのだ。
彼女はこの際だからと、来客用のとっておきの紅茶を出そうと思っている。
これで少しでも場の空気が和めばしめたものだ。
その時――、
「母上!」
シグルーンの背に、切羽詰まったようなフラウヒルデの声がかけられる。
「な、何、フラウ?」
シグルーンが焦りながら振り向いてみると、フラウヒルデは土下座の姿勢を取っていた。




