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―竜宮での治療―

 竜宮――それはまるで塔のように大地から突き出した直径約1千m、標高約2千5百mにも及ぶ円柱型をした巨大な岩塊であった。

 この岩塊の中には無数の空洞が存在し、そこに竜王をはじめ多くの竜族が暮らしている。

 ここは竜族の総本山とも言える、この世で最も神聖な場所の一つであった。

 

 その竜宮内に点在する空洞の1つに、緑色(りょくしょく)の光を放つ球体が浮かんでいた。

 いや、それは球体などではなく、闇に浮かぶ光そのものだ。

 リザンは今、その光に包まれていた。

 それは傷を癒やす為に使われる、回復魔法の一種であった。

 

 光球の周囲では竜達が呪文の詠唱を続け、術の効力を維持させていた。

 彼らはこの竜宮において、最も回復魔法に長じた者達である。

 リザンが傷の治療――現状では延命処置にしかなっていなかったが――の為にこの竜宮に運び込まれてから、既に半日あまりの時間が経過していた。


 そして現在に至るまでに、リザンには魔法による様々な治療が試みられたが、状態は未だ回復の兆しすら見られない。

 彼女の顔には生気がまるで無く、緑色の光に照らされながらもその青白さがはっきりと確認できた。

 

 全く功を奏しない治療行為に、強靱な体力と精神力を持つはずの竜族の表情からも、さすがに疲労の色が浮かんでいる。

 その事実はベルヒルデからも、淡い期待を削り取ることになっていた。

 

「娘は……リザンはどうなるのでしょうか?」

 

 ベルヒルデの不安げな問いに、竜族の者が重い口調で答える。

 

『我々も全力を尽くしている。

 しかし、娘が負った傷が深すぎる……。

 今は辛うじて命を繋ぎとめてはいるが、このままではいずれ……』

 

 周囲には、既に諦めのムードが漂い始めていた。

 

「そんな…………」

 

 ベルヒルデは泣き顔を隠すかのように、掌で顔を覆う。

 リザンの状態は、誰が見ても既に絶望的だった。

 しかも実のところ、竜族の持つ回復魔法の技術は、それほど高くはない。

 竜族が持つ驚異的な肉体の強靱さ故に、回復魔法が発達する必要が無かったのだ。


 だから竜族には、リザンの傷を治すことができない。

 

 だからと言って、人間の熟練した治癒術士にとっても、このリザンの傷を癒やすことは死者を復活させるのと同じくらい困難なことだろう。

 死者の復活は決して不可能ではないが、遺体の損傷が軽度で、しかも死亡して数時間以内に処置を施さなければならないなどの条件が厳しく、その上で成功例が極端に少ない。

 たとえ成功したとしても、何らかの後遺症が生じる場合も多々あった。

 治療の成否に関係無く、あまり期待はしない方が賢明だというのが実情であった。


 それと同様に、リザンの現状は厳しい。 

 勿論この世には、神の領域と言っても過言ではないほどの高度な術が、いくつか存在する。

 たとえば竜王が斬竜剣士を生み出した時に使用した秘術が、その1つだろう。

 それらの術ならば、あるいはリザンの生命を救えるのかもしれない。


 しかしそのような高度の術の多くは、周到な準備期間を要する上に、莫大な魔力を必要とする。

 しかも高度過ぎるが故に、この世には数人しか使用できる者が存在しない。

 結局、今回のような突発的な事態には、対応できるはずもなかった。


 つまりリザンを救う手立ては、最早無いに等しいということになる。

 

(もう……この場所から逃げ出してしまいたい……)

 

 ベルヒルデは、ついそんな想いに駆られてしまう。

 おそらくは邪竜王の呪いによって命を落としたに違いない夫ベーオルフに続いて、娘までも失う――それは彼女にとって耐え難い痛みであった。

 

 いや、今苦しんでいるのはリザンの方だ。

 だが、今にも命の炎が消えてしまいそうな娘の痛々しい姿を、これ以上見続けることがベルヒルデには辛い。

 このままむざむざと娘を死なせてしまうという未来が、容易に想像できてしまうのが恐ろしいのだ。


 そして娘に対して何もしてやれないという、自身の無力さがベルヒルデには恨めしかった。

 

また(・・)……何もすることができないの、私は?)

 

 ベルヒルデの脳裏に苦い記憶が蘇る。

 彼女は数年前にも、似たような状況に陥ったことがあった。

 それは彼女の母国が邪竜に襲われ、大勢の人間が命を落とすという惨禍である。

 

 それでもベーオルフ達のおかげで、国が滅亡するような最悪の事態だけは免れたが、結局その時の彼女は何もすることができなかった。

 隣国の中でも最強を誇る騎士団の団長を務めており、国を護るべき立場であった彼女が──何もできなかったのである。

 

 あの時、大切な存在をいくつも救ってくれたベーオルフには感謝をしているが、自身の手では何も救えなかった悔しさを、ベルヒルデは今も忘れてはいない。

 そして今、彼女は再び同じ悔しさを味わおうとしている。

 

(このままでは……あの子の人生は不幸なまま終わってしまう……)


 それがベルヒルデには、受け入れがたかった。

 ベルヒルデの過去については、3章と4章に書く予定です。

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