―閑話 受け継がれしもの6―
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「まさかこんなに早く、人質が役に立つとは思わなかったぜ……。
これ以上暴れたら、お友達の命は無くなるぞ」
焦りの入り交じった笑みを、首領は浮かべた。
これで絶対的な有利を手に入れたと思っているのだろうが、子供相手にこのような手段を使わなければならないという事実に、わずかな葛藤を感じているようでもあった。
それを見透かしたかのように、フラウヒルデは呆れた口調で言い放つ。
「不様な……。
大の大人が子供相手に人質とは、恥ずかしくないのか。
親が見たら泣くぞ」
「うるせぇよっ!?」
「し、刺激しないでよフラウ~」
首領が上げた怒声に触発されて、アイゼルンデはついに泣き出してしまった。
「……お前は只の子供とは思わねぇ……。
もう背に腹はかえられん」
首領の言葉にフラウヒルデは、わずかに笑みを浮かべる。
「うむ、我が実力、お褒めに預かり恐悦至極」
(褒めているのじゃなくて、異常だと言っているのでは……)
アイゼルンデは心の中突っ込みを入れる。
しかしフラウヒルデは、そんなことを意に介した様子もなく、超然と宣言した。
「アイゼを殺すか……。
やれるものならやってみるがいい」
「「!?」」
首領も、そしてアイゼルンデも我が耳を疑った。
だが、フラウヒルデの表情には、嘘偽りの色は無い。
「だがその前に、わたしがお前を斬る!」
フラウヒルデは迷いのない口調でそう告げてから、盗賊の首領に向けて短刀の切っ先を向けた。
「ハ……ハハハハハハハ……」
すると首領は、唐突に哄笑を上げ始めた。
何故ならば今し方のフラウヒルデの台詞は、先程まで彼らがが演じていた劇の中で使われていたものだったからだ。
しかも実際には、人質が殺される前に敵を倒せる可能性はさほど高くはなく、心理的駆け引きによって相手の油断を誘う為に使われたという設定の台詞だ。
だからこの少女もその真似をしているだけで、本当に友達が殺される前に自分を倒すことなどできるはずがない。
そもそも、そんな友達の命を懸けるような危険なことを、まだ幼い少女に決断できる訳がない。
──首領はそう考えた。
「ハハハ……。
所詮は子供、猿真似とは笑わせる」
だが、フラウヒルデの台詞が、結果として男を油断させたのは事実であった。
首領は彼女のことを「只の子供とは思わない」と言いつつも、結局は子供だと侮った。
それは彼にとって、致命的なミスである。
「!?」
首領がほんの少し気を抜いたその時、数m先にいたはずのフラウヒルデの姿が消えた。
そして次の瞬間には首領の頭上から、短刀を振り上げて襲いかかろうとしているフラウヒルデの姿が現れる。
首領がそのことに気付いた時には、もうどうしようもない状況だった。
反撃も、防御もままならないタイミングだ。
しかし、アイゼルンデにはこうなることが分かっていた。
先程までのフラウヒルデの動きを見ていれば、その言葉を実行するのが不可能ではないことは十分に予測できたはずである。
だから「この結果を予想できないとは、大人のクセになんて頭が悪いのだろう」と、彼女は思った。
また、「だからこそ、盗賊を生業とせざるを得なかったのだ」──とも。
ただアイゼルンデにも、1つ気がかりなことがあった。
それは先程のフラウヒルデの台詞が、油断を誘う為に発せられたものではない──ということだ。
そもそも彼女はハッタリや駆け引きなどができるほど、器用な性格ではない。
いつも一直線で、有言実行あるのみだ。
彼女はただ事実を口にしたに過ぎない。
それはアイゼルンデも理解している。
しかしその発言が決して冷静な精神状態によって発せられたものではないことも、彼女には分かっていた。
事実を口にするだけならば、何も先程観た劇と全く同じ台詞を言う必要はない。
それでもフラウヒルデがその台詞を踏襲したのは、やはり劇の真似をしていたからだ。
自分も舞台の主役のようになりたいと、陶酔して吐いた台詞なのだ。
そしてそんな冷静さを欠いた彼女の精神状態は、今も続いているだろう。
そういう時の人間は、何かしら大きな失敗をすることが多い。
そんなアイゼルンデの不安は、不幸なことに見事に的中するのだった。
フラウヒルデの短刀の峰が、首領の頭部に炸裂した。
が、勢い余って短刀は止まらずに、そのまま更にアイゼルンデの頭部にも炸裂した。
「あ……!」
首領が倒れる。
アイゼルンデは辛うじて直立の姿勢を維持していたが、身体はグラグラと揺れていた。
「……ス、スマン、アイゼ。
て、手が滑った」
酷く焦った様子でフラウヒルデは謝罪する。
しかし、アイゼルンデは、
「……スマンで何事も済んだら、騎士団なんか必要ありませんわ」
そう言い残し、バッタリと昏倒した。
本作に多大な影響を与えた『ベルセルク』の未完結が確定してしまって愕然……。
三浦建太郎先生のご冥福をお祈りいたします。




