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―閑話 受け継がれしもの5―

「…………!!」


 盗賊の言葉を受けて、アイゼルンデの顔が恐怖で引き()る。


「しかし、邪魔じゃねぇか……?」


 盗賊達の多くは、気乗りしない様子だった。

 子供達を連れ歩けば、やはりそれなりの危険はつきまとう。

 特に国境などで検問を受けた時に、子供達が発見されてしまえば、言い訳のしようがない。


「いや、俺はそうは思わない」


 盗賊達の意見にそう異論を発したのは、痩身(そうしん)髭面(ひげづら)の男だった。

 彼の顔にはフラウヒルデも見覚えがある。

 先程まで観ていた劇の中で、悪役を演じていた男である。

 彼女はこの男の悪役ぶりが気に入らなかったが、その想いを更に強めた。

 どうやらあの悪役ぶりが演技ではなく、彼のありのままの姿だったと気付いたからだ。


 おそらくこの男が、盗賊団の首領(ボス)なのだろう──と、フラウヒルデは見当を付けた。


「邪魔なら、何処かの山奥で殺して捨てればまずバレないだろう。

 だが、簡単に殺すのは惜しい。

 見れば2人とも結構いい服を着ているじゃねぇか。

 そっちの銀髪なんざ、この大陸じゃ珍しい本物の東方の着物を着ている。

 こりゃあ、どう見ても貴族か大商人のお嬢様だぜ。

 上手くすれば親から身の代金として大金をせしめられるし、見目もいいから人買いにも高値で売るって手もあるしな」


「クズが……!」


 フラウヒルデは口の中で、小さく吐き捨てた。

 この状況に至っても、彼女には(おび)えの色が無い。

 それに反してアイゼルンデは、顔を蒼白に染め、今にも泣き出しそうである。

 まあ、これが普通の子供の反応だろう。


「それにこいつらの命を盾にすれば、騎士団だって簡単には強攻策をとれないだろうよ。

 万が一貴族のお嬢様の命を危険に晒せば、冗談じゃなく連中の首も飛びかねないからなぁ」


「しっ、しかし、それじゃあ貴族を敵にまわすことになるだろ。

 やばいよ、そりゃあ!」


「じゃあ、他に何か手があるのか? 

 もう俺達が盗賊だと知ったこいつらを、只で帰す訳にはいかねぇんだよ。

 どの道、監禁なりすれば、もうその時点で貴族に喧嘩を売ってるも同然だ。

 捕まれば極刑ものだぜ?」


 首領の言葉に一同は押し黙った。

 最早後戻りはできないのだと、思い知らされたようだ。


「そういう訳だから、さっさと、そのガキ共を舞台道具と一緒に梱包しちまいな」


 首領の指示を受けて、盗賊達はフラウヒルデ達を取り囲んだ。

 しかし、フラウヒルデは動ぜず、


「ふん……武人を志す者として、1つや2つの修羅場をくぐり抜けておこうと思って来てみたが、このような小悪党の為に剣を振るうのは、少々勿体ないな……」


 と、腰に下げていた短刀を鞘から引き抜いた。

 短刀とは言っても、子供のフラウヒルデが持つには十分すぎる大きさである。


「フ、フラウ……!」


 アイゼルンデは緊張に上擦(うわず)った声を上げる。

 下手に盗賊達に逆らえば、今この場で命を獲られかねないのだから無理もない。

 だがフラウヒルデを止めようにも、説得されて易々(やすやす)とそれを承諾するような娘ではないことを、彼女は己がことのように熟知していた。


 しかもフラウヒルデは、すこぶる機嫌が悪そうだった。

 恐らくはこのような悪党が演じる劇に熱中してしまった自身にも、腹を立てているのだろう。

 それはアイゼルンデも同様で、この盗賊達にはなんらかの報復を与えないと気が済まないと言う気持ちもある。

 彼らは劇を楽しむ人々を(あざむ)き、影で馬鹿にしていたのだ。

 許せるものではない。


 だが、命も惜しい。

 そんな複雑な心の葛藤の所為で、アイゼルンデはそれ以上言葉を発することができなかった。


「おいおい、刃物を抜いたぞ、このガキ」


 盗賊達の顔にも、戸惑いの色が浮かんだ。

 いかに子供が振るう剣とは言え、急所に当たれば命を落とす可能性は十分にある。

 それを察したのか、フラウヒルデは、


「心配は無用。

 全て峰打ちで倒すぞ」


 と、抑揚無く言い放った。


「この……!」


 さすがに盗賊達も、自身の半分以下の年齢の子供にここまで言われてしまうと、頭にも血が上る。


「痛い目にあわせてやれっ!」


 盗賊達の各々が木刀などの武器を手にし、フラウヒルデに襲いかかる。

 最早、殺しても構わなかった。

 人質など1人いれば十分なのだ。


 しかし、襲い来る盗賊達の攻撃をフラウヒルデは、ちょこまかと素早く(かわ)す。


「何っ!?」


 盗賊達が驚愕している隙にフラウヒルデは跳躍し、自身の倍近い身長がある男の頭に短刀の峰を叩き込んだ。

 すると彼は呆気なく昏倒する。

 盗賊達の間に動揺が走った。


「な、なんだこのガキはっ!?」


 その動揺の隙を突いて、フラウヒルデは次の標的に狙いを定める。

 そして(またた)く間に、2人の盗賊が昏倒した。


「フ、フラウ……!」


 アイゼルンデは驚愕した。

 フラウヒルデとは長い付き合いになるが、よもやここまで強いとは思っていなかったのだ。

 いや、10歳の少女が盗賊達を易々と倒すことができるとは、一体どこの誰が想像できようか。


 しかしフラウヒルデがこの年齢にして、既に達人の域に達しているのは紛れもない事実であった。

 だが彼女は、正式に騎士団へと入団できる年齢には達していない。

 誰の教えも乞わず、ただ騎士団の訓練を覗き見して、見よう見真似の自主訓練のみでここまで自身を鍛え上げたのである。

 まさに剣の天才であった。


 そして今まで重ねてきた厳しい修行を思えば、このような盗賊に負ける可能性などはフラウヒルデの頭には皆無であった。

 その自信が彼女を更に加速させる。

 やがて、20人近くいた盗賊達の殆どが地に倒れ臥した。


 だが――、


「動くんじゃねぇっ!」


「……アイゼ!」


 フラウヒルデの動きが止まる。


「フラウぅぅ……」


 殆ど半泣き状態のアイゼルンデの首筋に、盗賊の首領が剣を突きつけていた。

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